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7.堂道、最終章!②

「堂道君、糸をよろしくお願いします」

がちがちに緊張して迎えた東京の、堂道が予約したホテルの和食レストランで父は開口一番に堂道に向かって頭を下げた。
 
 文字通り「開口一番」で、どれだけ「文字通り」だったかというと、まず、新幹線口で両親を出迎えたのは糸一人で、堂道とは現地集合だった。
 予約した個室に玉響家が案内され、先に着いていた堂道は父が入ってくるのが見えると席を立った。
 つまり、そこでもう言ってしまった。
 堂道も父も、母も立ったまま、なんなら父の後ろを歩く母に次ぐ順番だった糸など、まだ個室に入れず、廊下にいた。

「堂道君、未熟な娘ですが、糸をよろしくお願いします」

「え、は? あ……は、はいっ! ありがとうございます」

堂道は面食らっていた。
 父の顔を見て、「どうも、ご無沙汰しています」くらいは言ったかもしれないが、「今日はお時間を頂きありがとうございます」という口上さえまだだった。
 案内役のピンクの着物姿の女性も驚いて挙動不審になっていたので、数まみえただろうこのようなシーンのこのタイミングが珍しかったのに違いない。

完全に父のペースだったが、父とてイニシアチブをとるために先手を打ったわけではなく、ただ父も緊張していたのだそうだ。
 新幹線の中でも、一言も話をしないほどだったと、糸は母から聞いた。

「お許し頂き、本当にありがとうございます。一生をかけて、糸さんを幸せにするとお約束します」

無事に四人、席に着いてから、堂道が仕切り直したが、父は照れからか、結婚について詰めるのではなく、世間話をはじめた。

「もう、どういうことよ……心配して損した」
 
 小さな声で母に抗議する。

「お父さん、もったいつけてただけよ。最初から、なにも反対なんかしてないわ」

「なにそれ」

「でも、コトが結婚ってなると、自分たちだけの問題じゃないってことがよくわかったでしょ?」

母は、美しく盛り付けられた八寸にいちいち感動している。

「まあ、確かに」

「ホラ、あいさつの後、二人の写真をいろいろ送ってくれたでしょ。いいわねぇ、クルージングとか。セレブじゃない!」

「いや、それはホントにセレブだったよ」

「まあ、セレブなのは置いておいて、あんたが愛されてるのが重々わかったわ。そりゃあね、年が離れてるのは気になるけど、一番大事なのはお人柄だし、その点、堂道さんは立派な人じゃない。むしろ糸の方がよろしくって感じよぉ」

「そうだよ。そうなんだよ。最初からそう言ってたのに!」

「前の結婚生活が幸せでなかったのなら、今度は幸せにしてあげなさい」

穏やかにそう諭されて、糸は思わず泣きそうになった。

「うん、絶対そうする!」

「堂道さんだって、のんびりしてらんない年齢でしょうし」

「そうなのよ。次長、子ども三人欲しいんだって」

「三人!? それはまた……」

母が大きな声で驚いたので、とうとう堂道も話に入らざるを得なくなり、
「糸さん、それは……」

「堂道さんのお年を考えてもなかなか頑張らないと……」

「アノネ、糸サン……? ボクも確かに子どもはたくさんほしいけど、現実問題、ボクのトシで三人とか無理な話だってわかってるから……」

堂道はこそっと、しかし両親にはちゃんと聞こえるように弁明する。

「糸、早く結婚しなさい」

父の一言に、
「お父さんのせいで三ヵ月は無駄にしたよ!」

会食は滞りなく済み、両親は日帰りはもちろん、他に東京を楽しむこともなくすぐに帰りの新幹線に乗った。
 結婚に関する諸々は、すべて糸たちの好きなようにしていいらしい。

見送りを済ませた東京駅で、二人になると堂道が糸の手を取った。

「結婚なんてもう百パー諦めてたからさ。欲張ってみりゃ、夢とか希望って実はあったんだなと思った」

「年子で産めば三人全然いけると思いますよ」

「それって、わかんねえけど、母体に負担大きすぎんじゃねえの? ま、一人目授かってからの話だろ。つか、まず結婚だ」

あまたに人が行き交う東京駅の混雑の中で、間違いなく糸は一番幸せだった。

「ってゆーか、あいつは本当に昨日彼女の親に結婚の許しをもらった人間なのか」

夏実が糸の席の後ろを通りかかり、顔を寄せてくる。
 社内騒音の発信元である次長席を顎で示しながら、
「普通は、全人類を愛したいような気持ちになるもんじゃない?」

響き渡る怒声。もう慣れて何とも思わないだけでなく、大好きな堂道の声だとさえ思ってしまっているから大変困る。

糸は、ともすればにやける顔に喝を入れつつ、
「なんか、付き合い始めにも似たような事言ってたけど、その時もまったく変わらなかったじゃん」

「池手内課長、最近よく怒られてるねー」

向かいの席の小夜が話に入って来た。

「それに関しては、いいぞもっとやれ」

夏実は二課なので、今までにも池手内に相当被害を被っている。
 ミスは人のせい、手柄は自分のもの、上にはへこへこ、下には高圧的で、仕事はサボリがち。

「今まで部長、完全スルーだったもんねー」

「どうにかしてくれるのは嬉しいけど、もうちょっと紳士的にどうにかできないのか」

「次長はね、あえて嫌われ役を買って出てくれてるんだよ……」

「最近、次長も容赦ないしね。まあ、目に余るひどさだったから当然だけど」

その時、堂道の席の内線が鳴る。
 叱責を止め、「はい」ととがった声色で電話に出た。

「はい、はい、わかりました。すぐ行きます」

受話器を置くと池手内に、「課長、もう戻ってください」

「は、はい……」

「俺は専務呼び出し。しばらく戻りません。とにかくさっきの件、今日中に処理しなおして下さい。今日中に」

池手内は解放され、堂道は脱いでいた上着を着る。
 見慣れた、好きな仕草だなどとのろけている場合ではなかった。

「はい専務キター。やばいんじゃね、これ?」

「また……!? 糸、結婚早々遠距離恋愛!?」

「うそでしょ、次長……」

堂道は、糸が退社するまでには席に戻らなかった。
 その日は会う予定にはしていなかったが、日付が変わる少し前に、堂道は糸の部屋に来た。
 直接会うまで、呼び出しの理由に関しては明かされず、とにかく不安を募らせていた。

「部長が身体壊してるらしい」

堂道は狭いワンルームマンションで、糸が用意した夕食をつまみながら言う。

「え?」

「それで部長代理を兼任することになりそうだ。っていう話だから、心配すんな」

「よかったぁー……」

糸は脱力する。

「まさかの出世じゃないですか」

「ま、緊急だからな、消去法人事だろ。年次的にも人材的にも他いねえ」

ビールを一気に半分くらいまで飲むと、
「そもそも次長ってのは、うちの場合、真っ当な出世街道から外れたポストなんだよ。いたりいなかったり、逆に言えば、いてもいなくてもいい、体のいい次長の先がない奴が行く捨て役職みたいなところがある。普通なら課長の次は部長代理が多い」

「えー……」

「しかし、まあ今回、部長代理に就けてくれるってことは、俺を部長にする意思が会社にあると思っていいみたいだから。代理にならねえで、次長のままでも仕事はできないことはないのに」

序列としての役職ならわかるが、昇進に関係ない糸にはいまいちピンと来ない。

「まあ、嬉しくないわけはない。部長代理の肩書の方が結婚の時もバエるだろ?」

「映えるの使い方、ちょっと微妙ですけど……」

その後しばらくして、堂道は出張で三日間会社を留守にした。
 堂道のいない会社は静かで平和で、糸だけは、それに寂しさのおまけもついてくる。

いまいち乗らない気分のまま、糸が少し残業して仕事を片付けようと思っていると、「玉響さん」と池手内が横に立った。

「はい。課長、何か?」

パーティションブースに呼ばれる。
 直接の仕事の関わりはないので、呼び出しの理由がわからない。
 それにしても、警戒と嫌悪しかなく、もっとも、堂道にも最初はそんな認識しかなかったなと、うわの空でいると、
「これ」

スマホの画面を見せられた。
 糸と堂道が映っている。
 
 後ろから撮られていて、話しながら並んで歩き、連写された数枚の中に横顔が映っている。
 背景は見慣れた廊下。会社だ。

「二人で資料室にいたよね」

「は、い……」

「これ、立派なセクハラ行為じゃないの?」

「違います! 私と堂道次長は、同意のもとで……」

ただ並んで歩いているだけだ。
 キスの写真でもあるまいし。
 確かに少し馴れ馴れしいかもしれないし、距離も普通よりは近いかもしれないが。
 顔を寄せ合う写真もある。
 冗談で糸がキスを迫ったのだ。接触はない。

「じゃあ、これは知ってる? 社内風紀を著しく乱した場合、懲戒対象になるって」

「でも私、堂道次長と結婚を前提に……」

「だから、そういうことじゃなくてさー。会社でエッチな事しちゃダメなんだってば」
 
 池手内は、嫌味ったらしく指でテーブルを何度か叩いた。

「そ、そんなことしてません!」

「二人が部屋の中にいるとき、鍵かけてたよね。ネンゴロな二人が密室で? 何もないわけなくない?」

「何もしてません。それに、部屋にいたのは数分です。あ、監視カメラを確認してもらえればわかります!」

「監視カメラ? 資料室にそんなものはないに決まってるじゃない」

「そ、そんな……」

堂道が言ったのは嘘だったのか。
 しかし、状況的に怒れないし、笑えない。

「それにしても、二人のウワサって本当だったんだ? 次長のセクハラかと思ってたよ。え、いくつ離れてるの? 堂道次長も厳しい事ばっかり言うくせに、隅に置けないなァ。玉響さんみたいな若い子どうやってモノにしたのか、ぜひその極意をご教示願いたいよ」

シャツの袖を肘までまくり上げた池手内の腕は太く、毛むくじゃらで、糸は見慣れた男の腕が恋しくなる。

糸は自分が涙を零しそうになっていることに気づいた。

「……不倫ならともなく次長は独身です。何も問題ないはずです。咎められるようなことはありません」

「でも、社内でいかがわしいことをして風紀を乱したことに変わりないし、それに、今度部長代理にって話が出てるらしいじゃないの。そんな人間に部を任せるなんて、後々ことが大きくなった場合に会社も企業モラルを問われるからね。ひとまずは人事に上申するか、あ、ハラスメント窓口案件か……」

「待ってください! それなら、一緒に行って私にも説明させてください! 私が……、私の方から迫ったんです! 次長は何も悪くないんです!」

池手内に詰め寄る。必死だった。
 こんなことがあってはならない。

「……私が悪いんです。私が会社を辞めますから、会社に言うのは、やめてください……。お願いします」

ひたすらに、深く、深く頭を下げる。

「玉響さんが辞めても何も解決しないよね?」

「では、どうすれば……」

「まあまあ、顔上げてよ。ボクが泣かせてると思われるじゃないか。しょうがないなぁ、わかった。じゃあ、玉響さんには、今後こんなことが二度と起こらないように努めてもらおう」

ようやく顔を上げた糸が、目の前の男に希望を見たのはたった一瞬だった。

「次長と別れて? そしたら、今回のことは大目に見てあげる」


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