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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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2022年5月の記事一覧

Dead Head #61_158

 翌朝。バスは目的のターミナルに定刻通りに到着。慌ただしく、通路には降車の列。こちらは、身を潜めるように暫く座ったままでいる。  あの作業着。途中から乗り込んだ男が最後に降りて行く。降車口に人影がなくなる。最後に、ようやく席を立ち上がる。バックミラー越しに、運転手と目が合う。何の意見を交換すればいいというのか?  バスを降りる。自ずと辺りを見回す。先にバスを降りて行った乗客たち。もう姿が見えない。そして、あの作業着も。  バスターミナルを出る。ふらふらと街の方へ向かう。相変わ

Dead Head #60_157

九 流転禁止  街道沿いの長距離バスターミナル。その回りを何周か歩く。つけられている感覚は、なくなりはしない。  そのうち発車の時刻が迫ってくる。仕方ない。売り場で乗車券を買いバスに急ぐ。俺が乗るとすぐにドアが閉まる。この最後の客を乗せバスは動き出す。気のせいだったのだろうか。   バスは高速道に乗り、揺られているうちに眠り込んでいる。  ふと目を覚ます。どこかのパーキングエリア。バスはそこの駐車場に進んでいく。カーテンの隙間からフードコートの照明が漏れている。客数人と運転手

Dead Head #59_156

「納得した?」 「ああ」ソファから立ち上がる。 「嗅ぎ回らない方、いいよ」シャチョーは借用書をファイルに収め、デスクに放り投げる。 「そのつもりはない。警察も事故と処理した」 「あんな古いマンション、人の命と引き替えにはならんでしょう?その残された住人の方によろしく」  とぼとぼと階段を下りる。一階の出入り口から、ネオンの赤い灯りが漏れて。  ただの事故だったのか?そうケリを付けてしまえば簡単なのだ。  飲屋街を当て所なく歩く。つけている誰かを確かめるため。コンビニの店内を

Dead Head #58_155

「そうか?」 「借用書ありますよ。あの男、保険にも入っていなかった。借金返せなければ、マンション、物納する条項も」 「見せてくれ。その借用書」 「見せる理由はないですよ。失礼ですが、どこの誰ともわからない、あなたに」 「さっき、民事相談。警察に寄ってきた」 「それで?」 「それだけさ」思わせぶりに余韻を残す。 「いいでしょう。シュウ」  あの若造が現れる。衝立の裏からファイルを出してくる。用意でもしていたように。 「シャチョー、どうぞ」  シャチョーと呼ばれた男。ファイルを開

Dead Head #57_154

 突き当たりの部屋。硝子戸に金文字。金融会社らしい社名。  ドアを開ける。若造が、一瞬、俺を見る。何もなかったように奥の衝立の裏へ。にわか演技に飽きたとみえる。 「何かご用で?」デスクに座る男。日本語に完全同化を拒む中国訛で言う。  俺は頷く。男は席を立ち、手前のソファを指さす。ソファに座る。その部屋を見渡す。神棚、飾り物らしき刀剣、角樽。『福』の字が逆さになったペナント。違和感とアンバランス。 「おたくの若者、番してる部屋のことだ」 「あなた、どういう関係?」 「

Dead Head #56_153

 いつもと遅い朝。乾燥した冷気で目が覚める。いつもは、嫌な脂の匂いで目を覚ますのに。硬いベンチの上、ジドっとした寝汗と体臭が醸し出す中年独特の匂い。  カプセルを出る。朝からコンビニへ。いつもにはない。懐の財布が、確かに手をふれる。  そこに奴がいる。店の前でしゃがみ込み、煙草をふかしている。あの若造だ。こいつに聞くのが手っ取り早い。 「朝の買いだしか?」若造の前に。立ちはだかる。 「てめえ!」若造は例の演技で気色ばむ。 「お使いの途中か?その注文主に会いたい」  若造は黙

Dead Head #55_152

「どんな?」 「人の本性に反した」 「何言ってるの?」 「始まりと終わりは、自分の意志が関与していない。本来は。重力を無視してベランダから跳んだ」 「跳んだ?そんな感じじゃ・・・。ちょっとイカれたこと頼まれたけど」 「どんな?」 「携帯、捨ててくれって。公園のドブ池に投げ込めって」 「塵箱に放り込んだんだ。手抜きして」 「時間がなかったのよ。今も。もういい?」 夕闇に白ブラウスの背中を向け、女は歩み去る。 「眠れなくなったんだ。塵箱の携帯が鳴ったおかげで」呟きを聞く相手はい

Dead Head #54_151

 夕刻。すなわち黄昏時。その店の近く。女が現れるのを待つ。ランドセルを手放した分、肩の重荷が取れたようだ。  しばらくして、例の白ブラウスを捕まえる。 「ちょっといい?」桃色のカードを女に示す。 「それが?」横目使いに女は言う。 「知りたい。この持ち主のこと」右手で女の二の腕を掴む。 「なにすんのよ!なんなの、あんた?」女は手を振りきろうとする。 「情報が欲しい」手を離し女に向き直る。左手に挟んだ札一枚を添え。 「なに?」女は何もなかったように札を抜き取る。そそくさと

Dead Head #53_150

八 あの女  署を出る。あてもなく歩きながら思う。ヒロシの父親のことだ。アスファルトに白線で囲まれた理由を。あの女。携帯電話をゴミ箱に捨て去った。あの女を見つければ、何かわかるかもしれない。だが、どうやって?懐に手を入れ、ヒロシから預かった財布に触れる。このまま、どこかにフケてしまえば済むのだ。だが、それでは自分をもっと貧しい人間にしてしまうだろう。  宅配便の看板を掲げた米屋。段ボール箱を貰い、ランドセルをしまい封をする。伝票に住所を書こうと、財布から離婚届の切れっ端を取り

Dead Head #52_149

「いや。知り合いの」 「知り合いとは?」 「このランドセルの持ち主」 「子供じゃないですか。どうして不法占拠だと?」 「荷物を取りに行ったら、知らない奴がいた」 「この間、事故があった記録がある」私服はタブレットをなぞる。 「ええ」 「事故として処理が済んでいる。ところで、そのお子さん、今どこに?」 「なんで?」 「手続き上の問題でね」 「手続き?」立ち上がり、ランドセルを肩に掛ける。 「どこへ?」私服も机に手を突き立ち上がる。 「さあね」  部屋を出ると、すぐに電話

Dead Head #51_148

 ベンチに置いたランドセルを肩に担ぐ。公園を見回す。何も起こらなかったように静かだ。湿った空気は淀んだまま。  所轄の警察へ。玄関で立ちんぼの警官。俺を怪訝そうに見つめる。肩に背負ったランドセルがアクセントだ。  署内に入る。 「民事相談は?」受付の巡査に問う。 「どのような内容ですか?」 「住居の不法占拠」 「二階に上がり、左の突き当たりの部屋へ」  民事相談窓口と書かれた表札。ドアを開ける。私服の初老が机から顔を上げる。 「ご相談ですか?」私服は椅子を勧める。「不法占

Dead Head #50_147

 廊下の奥に進んでいく。狭いリビングルームを見渡す。意外に整理されている。だが、窓辺に見える鉢植えは枯れて久しい。  廊下を引き返す。伸びたままの若造を跨ぎ、部屋を後に。人は変と思ったろうか。ランドセルを担ぐ俺の姿を見て。  公園に戻る。いつもの馴染みのベンチに腰掛ける。あの若造が駆け込んでくるのが見える。ベンチの俺を見つけに。携帯電話を耳に当て息席切って近づいてくる。助っ人でも呼んでいるのか?先手を打ち、若造から携帯電話を引ったくる。それをゴミ箱に放り込む。文明の利器に頼る

Dead Head #49_145-146

七 ランドセル   久しぶりに戻った公園。いつの間にか、晩夏の湿った匂いが漂っている。馴染みのベンチに腰掛け、曇り空を見上げる。めずらしい。二重の虹、ダブルレインボウ。こんなところに現れるとは。  ベンチから立ちあがる。ヒロシのマンションへ。その部屋の前に立つ。しばらく待つ。物音は聞こえない。ドアベルを鳴らす。すると、思いがけずドアが開く。すごんだ若造が顔を覗かせる。 「なんだ、てめえ!」若造がいきり立つしぐさ。慣れない恫喝スタイルは、相手を脅かすことはない。 「荷物を取りに

Dead Head #48_145

「捕まえて」 「捕まえる?」 「とうを殺したやつを」 「どうして、俺が?」 「どうしても」ヒロシはズボンから財布を取り出し、この手にねじ込む。 「うん・・・」  ヒロシとはバスターミナルで別れた。ヒロシのバスを見送ると、その足で駅へ。ヒロシから預かった札入れを懐に触れながら。