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Dead Head #49_145-146

七 ランドセル 
 久しぶりに戻った公園。いつの間にか、晩夏の湿った匂いが漂っている。馴染みのベンチに腰掛け、曇り空を見上げる。めずらしい。二重の虹、ダブルレインボウ。こんなところに現れるとは。
 ベンチから立ちあがる。ヒロシのマンションへ。その部屋の前に立つ。しばらく待つ。物音は聞こえない。ドアベルを鳴らす。すると、思いがけずドアが開く。すごんだ若造が顔を覗かせる。
「なんだ、てめえ!」若造がいきり立つしぐさ。慣れない恫喝スタイルは、相手を脅かすことはない。
「荷物を取りに来た」当然のようにドアを開け、ずかずかと廊下を進む。若造は俺の肩をつかむ。引き留めようと。振り返り、奴の鳩尾《みぞおち》に一発入れてやる。若造はくぐもった声を発し身体を折ると、急におとなしくなる。
 最初の部屋。手作りの表札。それは子供の字だ。ここがヒロシの部屋。中に入る。野球選手のポスターと野球グッズ。ありきたりの少年の住処だ。勉強机には立てかけた教科書。そして、写真立て。崩壊する前の家族三人の写真。ここで知らない顔は、ヒロシの父親だけだ。椅子の背に掛かったランドセルを取る。教科書や筆箱、ノート。そして写真立てを詰め込む。