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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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2021年11月の記事一覧

砂絵 #19_32-33

「待って。笹薮の奥で何かが・・・。光が拡がって笹藪を照してる」緊張する砂絵の声。 「光?」 「輪になって、くるくる回りながら近づいてくる。のみ込まれそう」 「終了するよ!」 「待って!光の輪の向こうに、透明な膜が。シャボン玉の膜みたいに、つやつやして破れそう。虹みたいな表面に、雲のような模様がぐるぐる回ってる。膜の向こうに・・・」 「存在しないものを、きみは見てる」真っ暗なモニターを見て木川田は呟く。 「存在しない?」 「そんなデータ、書き込んだ覚えがない」

砂絵 #18_30-31

十一 昏倒  熱帯樹林園、ドームの中では人工の干潟に波が打ち寄せている。そして、さざ波と小鳥の鳴き声。 「音が聞こえる」 「環境音だよ」と、木川田。 「いい感じですね」砂絵は白ゆりの群生に目をやる。花が砂絵の視界いっぱいに拡がる。 「匂うわけないですね」 「匂いの感覚までは・・・」 「この先、ちょっと怖い所があるので行ってみます」 「怖い所?」 「昼間でも陽も射さない。水辺の小径に沿って行くと笹薮が生い茂って。笹篭に入り込んだような感覚に」  砂絵の視線が小

砂絵 #17_28-30

 シャッターが下りたまま大衆食堂。その前で暫く立ち尽くす椎衣。背後でシャッターの開く音。振り向く椎衣。向かいにある履物屋のシャッターを潜り男が顔を出す。男はシャッターを下すと貼紙を貼る。 「あの、すみません」 「なに?」男が振り返る。肩に掛かった白髪まじりの束ねた長髪が、男の薄い胸に垂れ下がる。 「ここのご主人は?」 「知り合い?この辺、誰も残っちゃいないよ」 「昨日まで商売やってたのに、どこへ行ったっていうんです?」 「あんた、知らないの?もう、この世にいな

砂絵 #16_26-28

十 入れ替え時  燃料工場、更衣室。着替えをする椎衣。その後ろで、日勤明け女達が立ち話をしている。 「また、消えたらしいよ。工場長」 「年中行事だね。もう誰も騒ぎやしない」 「でも、今度は違うって噂」 「どうして?」 「まだ、あがってこないんだよ。工場長のブツがさ。今迄、消えたその日にはあがってきたじゃないか」 「そうだっけ?」 「いつもと様子が違うから、今度こそ本物かもしれないって」 「本物?じゃあ今迄は?」 「ほんとは誘拐なんてなくて・・・。政府が仕

砂絵 #15_25-26

「君の声に反応して、視界が自動的に切り替わった。右を向けば、観覧車が見えるはず」  砂絵は、首を右に振る。ジェットコースターから観覧車に至る風景が、視界にゆっくり流れる。 「ジェットコースターの隣にメリーゴーランド。遠くに舟形をした建物」 「ゆっくり左の方を見て」  砂絵は、ぎこちなく首を横に振る。 「白いドーム、その向こうに動物園・・・」砂絵は首を左右に振る。 「どうかした?」 「いえ、ちょっと・・・。人の姿がないって遊園地って、寂しいと」 「うん。ジ

砂絵 #14_23-24

「歩き回ってもらえば、それでいい。人工現実の中を」 「歩き回る?」 「そう。影を掴むこともできる。夏の海辺。陽の下で掌を広げると、砂浜に手の影が映る。その影で砂は掴むことはできない。現実には。でも、この人工現実の世界ではそれができる。始めよう」 「ええ。あっ、急に視界が明るくなりました。テストパターンが見えます」 「はっきり見える?」 「少しぼけて」 「調整しよう。グローブを持ち上げると、視界に黒い手の影が見える」 「ええ」 「その影で、視界の左端にあるダイア

砂絵 #13_21-22

九 仮想遊園地  木川田の作業場。砂絵は恐る恐るガラス戸を開ける。螺旋コードが張った木川田に躊躇したからだ。結線のついたグローブで、木川田は砂絵にぎこちなく手を振る。 「失礼します」砂絵は首を傾げる。 「驚かせた?」木川田はゆっくりコードを外していく。投網にかかった魚を逃すように。 「手伝いましょうか?」 「大丈夫。それより、メールの返事ありがとう。テストにまでつきあってもらうことになって」 「温室の写真がどんな風に表現されるか、興味があって」 「そうだね。

砂絵 #12_20-21

「夕べ、プールに若い子が流れ着いてね。歳格好もわたしと同じくらい。似たような痣が胸にあった。何となく自分を見てるみたい。その子が夢にでて、何か言いたげだった。死んだこと、納得できないと。今まで、こんな夢見たことなかった」  須恵の表情が、一瞬強ばった。 「どうかした?」  何もなかったように、須恵は卓袱台に夕食を並べる。一瞬、須恵の手が滑り汁椀がこぼれる。それを、須恵は茫然と眺めている。 「どうしたの、ぼうっとして。私がやるから」台拭きで流れ出した汁を、椎衣は拭き始め

砂絵:触覚グローブについて

#CNET

砂絵 #11_18-19

「わたしが、ですか?」 「初対面なのに唐突だけど。内観を一通りおさえてもらえればいい。勿論、バイト料は払うので。頼めそう?」 「わたしで、いいのなら」 「では」木川田はカメラを砂絵に手渡す。カメラを受け取る砂絵の白い指を、木川田は凝視する。やはり、夢と同じだ。なぜだ?その視線に気づいたように、砂絵は目をあげる。 「明日にでも、都合が良ければカメラをここに届けてくれれば。バイト料はその時で」木川田は、砂絵におずおずと名刺を手渡す。 「撮った写真はどんなことに?」

砂絵 #10_16-17

「そうです」 「ここにいて、工場長の車が来たら知らせて」言い残すと、秘書は玄関へ駆け込んでいく。  椎衣は、言われたまま暫く立ち尽くす。始業のサイレンが鳴る。車が工場に入ってくる。前庭を横切り、正面玄関の前で止まる。 「行っていい」振り向くと、秘書が険しい表情を浮かべている。 七 植物園  硝子張りの温室。太陽に照らされ、銀色に光る。カメラを構える木川田。その姿が硝子に歪む。大きな葉の間を抜け、木川田は温室の奥へ。カメラの微かなシャッター音。葉陰から、木川田はその方

砂絵 #9_15

「燃料を備蓄した上で、外国に売ろうってことだ。なにせ、中東じゃ石油井戸が涸れて、遊牧生活に戻って久しいし。どの国だって、燃料はほしい。この国だって、大昔、戦争しに乗り出したくらいだ」 「行こうか・・・。下手なこと言ってると、まずい」青作業着が周りを見回す。 「どんな手を使っても、ブツを調達してくればいいんだが」 「そのくらいにしておけよ」青作業着がたしなめる。 二人は、そそくさと食堂を出ていく。  椎衣は食器の隅までペーストを掻き集め、最後の一口を頬張る。  

砂絵 #8_13-14

「消防署のオルゴールにいた子だよ。点検に行ったら、排気ガスで真っ黒だ。かわいそうになってな」黒ずみ色褪せた、白い、いや灰色に変わった制服を着た人形。泰造は、人形の顔を愛しそうに磨き上げる。 「設置して、間もないんでしょう?それが、もう真っ黒」 「あんな交通量の多いところじゃ、すぐ煤だらけだ。一体づつ磨くことにした」 「七体すべてじゃなく?」 「いっぺんに居なくなって、捜索願でも出されたら困るからな」顔を上げ、泰造はニヤッと笑う。 「そうだね・・・」  砂絵は自室に入り

砂絵 #7_11-12

五 砂絵の家  地下鉄の座席に座り、砂絵は向かいの車窓をぼうっと眺めている。そこには、砂絵の上半身が車内灯に青白く照らされ朧げに映っている。前方の車両から強い光が差し込んでくる。車窓に強い西陽が映り込む。砂絵の姿が一瞬にして車窓から消し去られる。だが、車窓は記憶している。この時間、この場所で砂絵の姿を捉えたていたことを。  到着駅を知らせるアナウンス。金属音を立て、列車が減速していく。思い出したように、砂絵は席を立つ。  砂絵は、駅前の生花店に入っていく。いつものアルバイト