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砂絵 #10_16-17

「そうです」
「ここにいて、工場長の車が来たら知らせて」言い残すと、秘書は玄関へ駆け込んでいく。
 椎衣は、言われたまま暫く立ち尽くす。始業のサイレンが鳴る。車が工場に入ってくる。前庭を横切り、正面玄関の前で止まる。
「行っていい」振り向くと、秘書が険しい表情を浮かべている。

七 植物園
 硝子張りの温室。太陽に照らされ、銀色に光る。カメラを構える木川田。その姿が硝子に歪む。大きな葉の間を抜け、木川田は温室の奥へ。カメラの微かなシャッター音。葉陰から、木川田はその方向を探る。女性の後ろ姿。蘭の花を接写している。邪魔をしないよう、木川田は彼女の背中を静かに通り過ぎようとする。白く細長い、砂絵の指が目に留まる。夕べ見た夢を思い出す。
「綺麗な花だね」木川田は、砂絵の背中に声を掛ける。
 砂絵は振り返り木川田を見上げる。すぐにファインダーに目を戻す。 
「ごめん、邪魔したね」

 木川田と砂絵は、温室の小径を奥に向かって歩いている。 
「この植物の甘い香り、二日酔いに効きそうかな?」木川田は軽く頭を振る。 
「さあ?」小径の向こうの風景に目をやり、砂絵は足を早める。
「学生さん?」砂絵の背中に木川田は尋ねる。 
「ええ、写真専門学校に」一瞬振り向き砂絵は答える。
「お願いできるかな?撮影を代わりに」
「撮影?」
「手が震えて。飲み過ぎだな」首に掛けたカメラを、木川田は重たそうに外す。