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ステラの事件簿⑥《電子証明書、偽りと成る・陸》

●登場人物
 ・宝城愛未(まなみ)…欧林功学園の人気教師。ある冤罪を着せられる。
 ・島原太東(たいとう)…学園OBで、学園システムのエンジニア。
 ・大林星(すてら)…学園中等部2年の本作主人公。事件の解明に奔走。
 ・中沢慶次(けいじ)…学園用務員。不審な女生徒について星に話す。
 ・向田海(かい)…学園高等部2年で映像研究会会長。星の友人の兄。
●前回までのあらすじ
 地域では有名な中高一貫校、欧林功学園で男子生徒の体操着が盗まれる事件が起きてから1か月。星(すてら)は独りぼっちで下校中、大量の体操着が入ったスポーツバッグを発見する。
 そのバッグの持ち主は人気教師の愛未で、彼女の元には、身に覚えのない彼女自身の犯行現場の映像が送り付けられていた。星は困惑しながらも、愛未を信じたい気持ちで事件の調査と、真犯人の究明を開始する。
 いつ、愛未が窃盗事件の犯人として逮捕されるかわからない中、新たな「愛未の犯行映像」が送り付けられ……星はその現場に不審な女生徒がいたことを突き止める。
 一方の愛未は、諸々の映像について学園OBの太東に聞き込みに行くも、彼は既に、愛未の現在の境遇について知っているようだった――

 「本当? 本当に違うって思ってるの?」
 宝城愛未が今にも泣きそうな顔で食い下がっていた。大型のマシンがひしめくIT部の部室には、濃い緑茶の香りが漂っている。思わず椅子から身を乗り出していた愛未の慌てぶりを示すかのように、カップに注がれたお茶がゆらゆらと不安定に揺れる。
 そのお茶を淹れた人物――島原太東は、ゆっくりと1度だけ頷く。
「だからそう言ったでしょう。意味深な態度を取ったのは謝りますよ」
 彼は手近な机に置いてあるモニターに映る映像を見やる。そこには先ほどから、当然のように愛未が体操着をせっせと鞄に詰めている様子が映っていた。しかし、それこそ、愛未がここに話を聞きに来た理由だった。
 それは顔の部分をAI技術によって書き換えた、いわゆるディープフェイク映像で、この学園のシステムについても詳しい島原ならば、何か有益な情報を持っているのではないか、と愛未は訪問したのだ。
 だが、彼は先ほど、愛未のことを「事件の犯人」と言った。結局それは島原の茶目っ気だったのだが、事件について真剣に調べを進めている愛未からしてみれば、そんなもの冗談に聞こえるはずもない。
「じゃあ、なんであんなこと言ったの」
「あまりにも面白い映像だったものでつい」
 流石に不満を隠しきれない愛未は。生徒の前では絶対に見せない表情で島原を睨む。しかし彼はどこ吹く風だ。喉の奥で、押し殺すようにして笑った。
 その様子は悪戯に成功した子供のようだ。OBということだけはわかっているが、見た目の年齢は不詳な男。事前に調べたところだと、愛未よりは年下という話ではあったはずだ。
「面白い映像って、どういうこと?」
 彼女は尋ねながら、自分の冤罪を晴らすためとはいえ、ここに来たのは間違っていたのでは、と思い始めていた。
 そんな愛未の思いとは関係なく、島原は手元を操作して、画面に映し出されていた監視カメラの映像を切り替える。
「こんなものを自信満々に、あなたへ送り付けてきた犯人の滑稽さが、ですよ。人間じゃわからないかもしれませんが、解析してみると一目瞭然です」
 楽しそうな島原が、愛未に再び座るように促す。倒れこむように椅子へと座りなおした愛未は、まだ、ゆらゆらと揺れているお茶を慎重に口元へと運ぶ。マラソンか何かの後のように一気に、それを飲み干した。
 解析が始まったのか、島原のコンピューターから、凄まじいファンの音がし始める。それをなんとなく眺めていた愛未だったが、ふと、気がついたことに顔を上げる。
「どうしました?」
「どうやって、この映像を手に入れたのか聞いてなかったわ」
「そこはまあ、僕は技術者ですので」
「でも、これって私のアドレスに直接来たのよ? 誰にも渡してないし、ネットに上げたりもしてない……」
 その言葉に、島原はまたしても、かみ殺すような笑い声をあげる。
「あの……?」
「いえ、やはり教師は外のことは何も知らないな、と思いまして」
 愛未はその言い草が気に障ったが、しかし、島原が悪意のない子供のような存在と思うことにして、ここはこらえた。大きく深呼吸して、彼の言葉の続きを促す。
「その『私のアドレス』ですが、学園のシステムは全て僕が取り仕切っています。アドレスに関しても、僕が用意しました。この意味がおわかりですか?」
 愛未は思わず、島原から視線を外す。普段相手にする子供達とは大違いだ。愛未は、どちらかといえば、子供たちや同僚との会話を楽しんで日々を過ごしていた。そのおかげで、カウンセリング室の顧問にまで抜擢されているわけだが、島原のようなタイプは愛未にとって初めての相手で、少し、自信を喪失する。
「つまり、メールの内容は筒抜けってこと?」
「ええ。ただ、外部との不審なやり取りに関してのみ、私に確認が飛ぶようになってます」
「不審なって……」
「この動画の送り主は、学園の把握していないアドレスでした。仕事上で付き合いのない相手からのメール、普通開きますか?」
「それは……確認が必要な場合もあるでしょう」
 愛美の答えに、島原はやれやれ、と首を振る。
「今年のリテラシー講習は、もっと基礎的な内容に変更しないといけないようですね……」
 明らかに馬鹿にしている態度(それも、恐らく、教師全員に対して)だったため、さすがに言い返そうかと愛美が口を開いたところ、先ほどからしきりに冷却ファンを唸らせていた島原のコンピューターが、静かになった。
「解析が終わったようですね。では、見ていきましょうか。このディープフェイクとやらが、以下にお粗末なものであるかを」
「あの……申し訳ないんだけど、時間がないの。もう何度も見返したし、偽物だってことも知ってるわ。今知りたいのは、これがどこの誰が作ったものかってこと」
 口と性格はあまり良くなさそうだが、先ほど、学園のシステムは全て把握しているかのようなことを言っていた。ならば、メールの送受信履歴や手に入先ほど映像ファイルなどから、素人ではわからない犯人の手がかりを見つけられるかもしれない。というか、愛美はそれを聞きに来たのだ。島原の嫌味な態度に引きずられて、忘れてしまっていた。
「そういうこともわからなくはないですが……まあ、物事には順序があります。映像も3つしかないので、そんなに時間はかかりませんし――」
「――いいえ、この件は私だけの問題じゃないの。学園もそうだし、わざわざ手伝ってくれてる子も――」
 言いかけて、愛美ははっと島原の目を見つめる。
「3つ? 今、3つって言った?」
「ええ。あなたに送られてきた映像が2つ。そしてあなたが受信する前に、昨晩でしたか、こちらで差し止めた新たな映像が1つありますよ」
 にんまりと、島原は笑った。
「知ってて隠してたのね」
「切り出すタイミングがなかっただけですよ。すぐに見せて差し上げますので……」
 島原は、愛美のからのカップと、腕時計それぞれに視線をやり――
「もう1杯お淹れしましょう。あなた自身のことですし、リラックスしたほうがいいですからね」
 そう言って、お湯を沸かしに、更に奥の部屋へと消えていった。
「ちょっと……!」
 誰のせいでリラックスできていないのか、と言い返しそうになる。愛美は頭をふって、できるだけ落ち着こうと考えた。どうあれ、彼は協力してくれると言ったのだ。
「……ごめんね、もう少し待ってて、星くん……」
 愛美は協力者の男の子の名を呟き、この、重厚なコンピューターの立ち並ぶ部屋の真ん中で、お茶が入るのを待った。目の前には、「解析完了(3/3)」と表示された、モニター画面があった。

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