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もてあます部分も自分で受けとめられますように~信じる気持ちを伝えたい~

 息子が帰ってきた年末年始。お正月はゆっくり休んでほしいから、少しだけうるさくしないよう気を付ける。

 結果、めっちゃ時間あるやん(息子、めっちゃ遅くまで寝てるやん)。で、noteをじっくり楽しめた。年末年始はコメントのやり取りが忙しくなってしまって、忘れないようになるべく早く反応するようにしたけど、もしスキやコメント返信忘れてたら気軽に声をかけて下さい~!

 今回は息子と久しぶりにゆっくり話し、この先を不安に思って迷っているのがよくわかった。
 今後どうするかは息子の人生だから息子が好きなようにしたら良いのだけど、真面目な気質の息子がちょっとかわいそうな気もしてしまった。
 真面目だからってそんな自分の考えに沿って行動できているわけではなくて、ハードルのみが高いというのか。
 けっきょくそうはできていない自分を責めてしまうみたい。
 10できないならもう0で良いみたいな気持ち、わからなくはないんだけど。

 ごまかしながら暮らしたって良いんだよと夫と伝えたけど、でも真面目って良い部分でもあるからね。そこを直せとかそれが良くないとかは言いたくなくて。自分を嫌いになってほしくない。もう少しユルい生き方もあるよーとだけ伝えてみた。
 私も親に、繊細過ぎるところを直した方が良い、面倒くさいんだと言われて何度も心折れたからなあ。
 直せるものでもないし、自分のそういう部分をダメなところと思い続ける人生ってつらいのよね。ダメだと否定し続けながらどんなにがんばっても直らないのは、身にしみてよくわかっている。

 HSP(highly sensitive person)じゃない人に「もっと一つ一つよく考えて!」「あふれる感想はないの?」「もっとしみじみかみしめて!」「人生をもっと味わって!」と、ことあるごとに言ったらきっとイヤだと思う。そうしたくない自身の気質も含めて自分を受けいれているだろうし。
 それといっしょで「考えすぎないで」と言われると悲しい。それは自分の最初に起きてしまう反応を否定することなので。じっくり考えて一つ一つを納得したいだけで、それは時間かかるし誰かに迷惑かけてないか心配になるけど、ゆっくり自分とその周りの世界を味わっているだけなのだ。

 以前読んでなるほどと思った表現が、非HSPが茶こしとかていどにサーっと感情を流せるとしたら、HSPはコーヒーフィルターのようなんですって。ゆっくりヒタヒタと感情を味わいかみしめる。時間かかるけどそれがその人の精神世界で生き方なのだ。


 そんな気持ちの経緯があるから、息子にも真面目なのを直すとラクだよなんて強調しないようにする。直すとかいう問題じゃないものね。むしろ自分で受けいれられるようになるといいな。うまく自分で対処できるように。

 ただね。親になってわかるのは、子供には人生を楽しいものだと思ってくれると良いなあという気持ち。
 しんどいことや苦しいことも多いかもしれないけど、心から楽しいとかうれしいとか幸せな瞬間てそれまでの苦しさを和らげちゃうんだよなあ。そんな喜びが息子にもあると私もうれしいな。

 息子にもそんなことを伝え、改めて自分の気持ちを確認すると、親の気持ちもまたわかる。きっと私の繊細過ぎる部分が、親にとっては「つらいだろうに。もっと楽しんで」と思うんだろう。
 まあでも私はおおざっぱでいいかげんなところがあるので、繊細さとバランス取っているのよ。時々細かに感じる自分に嫌気もさすし、ささいなことに心ふるえる自分に気持ちが満たされる。嫌いじゃないなと受け入れるようになったら豊かな心の体験だって楽しめるようになるんだ。
 あと心にあるものをぶちまけちゃったら、少しスッキリして自分で解決する力につなげていけるとわかっているから。大丈夫なのだ。

 若い頃に、あることで「どうしようかしら」と迷っている気持ちを話すと、今の私くらいの年齢の人に言われたことがある。
 「でもかわせみさんて、土壇場で大丈夫よね」
 どうしようと不安になってオロオロしていた私だったけど、この言葉をむしろ励みにしてその後もがんばれたところがあった。

 具体的なことは息子が乗り越えて一段落するまで書きたくないから、漠然とした話になってしまった。
 心配だけど、そんな風に言ってくれた友人のように、息子を信じて応援する気持ちを伝わるように伝えるのが、きっと私の役目。


読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。