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[インタビュー]社会は変えられる―障害者の音楽アクセス向上に取り組むファシリテーター ベン・セラーズさんに聞く

かわさきジャズは東京交響楽団との協働で、障害のある人もない人も参加する音楽ワークショップ「かわさきBRIDGEオーケストラ」を10月8日に実施しました。
約30人が参加し、1日で完結するこのワークショップでは、午後の3時間で音楽づくりを行い、夜にオープンスペースでパフォーマンスを行いました。
ファシリテーターとして福本純也グループと東京交響楽団メンバーの合計6人のプロ・ミュージシャンが参加。このワークショップのために英国から招聘した、音楽ファシリテーターのベン・セラーズさん(以下、ベンさん)に、今回の「かわさきBRIDGEオーケストラ」を振り返りながらお話を伺いました。
※ 本インタビューは本番から3日後の10月11日に実施しました。


ベン・セラーズさん

― 川崎市では2017年から「かわさきパラムーブメント」を推進し、誰もがくらしやすいまちづくりを進めています。これまでにも音楽を通じた取り組みを進めてきましたが、今回の「かわさきBRIDGEオーケストラ」はその中でも1つのアイコンとなるような素晴らしいイベントになりました。
ベンさんにとって最も印象に残ったことは何でしょうか?

大きな質問ですね!
印象に残ったことはたくさんありますが、一番感動したのは、参加者のみなさんとの関係が深まるその過程でした。障害のある人ない人という壁がなく、交流できたことを嬉しく思います。
そして、ファシリテーターを務めてくださったプロのミュージシャンのみなさんも期待以上でした。最初はどのようなことが起こるのか大変不安を持っていらしたと思いますが、いったん始まると積極的に参加してくださいましたし、またジャズとクラシックという異なるジャンルの音楽家同士にリスペクトが生まれ、楽しみながら演奏していたのがよかったですね。

プロメンバーによるウェルカム演奏

学びもありました。ジャズのグルーヴの力強さです。
この短時間のワークショップで音楽をつくるにあたり、ドラムとベースが常にあることが音楽的な安全地帯になっていました。いったんどこかに離れてしまっても、戻ってくることができます。クラシック音楽だけでは難しかったかもしれません。

今回、参加者のみなさんは自由にいろんな楽器で演奏しました。日本の楽器である能管が入り、しかも音楽的に「ここだ!」という最適な場所を見つけられたのもよかったです。文化のルーツとなる楽器が入ることは大切なことです。「A列車で行こう」の時に、2人の方がそれぞれ異なる様式で歌っていたのも面白かったですね。

本番のパフォーマンス

― 障害のあるなしだけでなく、年齢も、楽器経験も異なる30人もの人たちが一緒のプロジェクトを行うということは、普通のやり方ではとても難しいことに思えます。

私がワークショップの際に参加者のみなさんにまず伝えたいことは「ここは大丈夫だよ」ということなんです。
誰でも人生の中で、「困難なこと」「できないこと」に遭遇します。でもこの空間にいるときは、あなたができないことを「やれ」とは誰も言いません。
私は参加者のみなさんをよく観察します。切羽詰まった状態や、緊張が高まっていないかどうか、リラックスしているかどうかを顔の表情、目の動きなどから読み取ります。そしてどれくらい参加しているか。みんなが同じように参加する必要はないけれども、すべての人が何かしらを貢献してもらいたいと思っています。あなたの存在は認識されている、安全な場所にいる、そのことがわかって初めて花を開かせることができるのです。

グループでのワークショップ

例えば内面には多くのことを感じていても、外に表現することは不得意な方がいます。私もシャイな部分がありますのでわかります。人がたくさん見ているところで大丈夫かい? もっと頑張れる? などという声かけをしてはいけません。質問をしてみんなで答えを待つという環境を作るのではなく、ほかの人も何かをしているときに、自分でデモンストレーションをして、こんなことやってみる? という風に話を持っていきます。

ある参加者に「ソロをやってみる?」と提案したら「そんなのとても無理!」というので、だったらリズムはどうかな?と一つの同じ音でリズムのパターンを作ってみたら、ちょっとずつその方もノッてきました。
つまり、すごく簡単なことから始めて、それができたことを喜びながら少しずつスモールステップでレベルをあげていくのです。そしてその人の限界までもっていくことができた時には喜びを感じますね。

今回、日本での実践でよかったことがあります。通訳が入るので、普段の半分しか話せないということです。何を言うべきか事前にものすごく考え、本当に大事なことを抽出することができました。日本の方は明確な説明を好むということが過去の経験でわかっていましたから。

― このようにインクルーシブなワークショップを、ファシリテーターとして実践してみたい方も多いと思います。ベンさんはファシリテーターのトレーニングでどのようなことを伝えていらっしゃいますか?

コロナ以降、ワークショップがなかなかできないので私の活動はトレーニングが主になりました。
私は音楽ファシリテーターの能力を次の三角形で考えています。

  1.  障害のある人と一緒に行うインクルーシブな実践(Inclusive practice)

  2.  音楽教育学(music pedagogy)

  3.  テクノロジー(technology)

3つの能力

この3つをバランスよくできるようにするのが私の目標です。
たとえば障害者施設の先生たちはインクルーシブについてはよくわかっているので音楽やテクノロジーを教える、楽器を教えている方にはもっとテクノロジーを取り入れることなどを教えるといったようにです。

イギリスにおいて子どもたちが最も音楽に接するのは学校ですが、学校の先生は音楽家ではないので、音楽をどのように教えるのかということもやっています。子どもたちと6週間のワークショップを行って、学校の先生には「このあとはあなたがこれを膨らますんだよ」と言ってバトンを渡すのです。
ワークショップで作ったものを録音しておいて、iPadで再生しながら毎週それに合わせて歌う、そこに少しずつ即興を加えていく、ということでもいいのです。音楽ファシリテーションの専門家でない人たちにも、できる形があると思います。
今回参加してくださったジャズと東京交響楽団のメンバーも、学校などで定期的にワークショップを行い、現場の方と継続性をもって取り組むことができれば理想なのですが。

もしファシリテーターになりたいのであれば、まず現場に行き、実践を見学すること、ファシリテーターのお手伝いをすることです。その観察のなかで、こういう環境だったら自分の能力で貢献できるということがわかってきます。それはもしかすると料理やアーチェリーかもしれません。その環境の中で見つければよいのです。

プロミュージシャンたちは、ベンさんによる2日間のトレーニングを受講して本番に臨んだ

― 音楽を通じて、どのような社会変化を望んでおられますか

いま、西洋音楽は楽しみのためだけにありますよね。かつては神や精神のためという考えもありました。インドやアフリカの音楽、そしてジャズーたとえばジョン・コルトレーン、オーネット・コールマン、ファラオ・サンダース―は宇宙とつながっています。音楽をお金のために演奏するというのは非常に西洋的、現代的な概念です。歴史的に見れば、音楽はコミュニティという布地の一部であり、参加者もそこに普通に存在していました。私は音楽をエリートのための特権ではなく、コミュニティのためのものに戻したいと考えています。

イギリスでは現在、国をあげてインクルージョン(社会包摂)を推進しています。5年前、10年前には逆にエクスクルーシブ(排除)な社会でしたから、インクルージョンが叫ばれるようになってどうしていいかわからない様々な団体から、私が活動している「ドレイク・ミュージック」にアプローチがあります。すべてをフォローできるわけではありませんが、良い変化が訪れていると思います。

以前、ジェスさんという障害のある女性に私は7年間濃密なトレーニングを行い、プロの音楽家になりました。彼女は音楽家として、自分の音楽をすることに障害があるかどうかや、どのように表現するかは問題ではないはずだということを証明し、人々に示し続けています。
障害者の中にもすばらしい音楽家がいるかもしれない。音楽へのアクセスがなかっただけで、トレーニングを受けたら次のサイモン・ラトル(英国人の世界的指揮者)が現れるかもしれないのです。
障害者は蚊帳の外で、彼女のように特別な学校を出た子どもに対して残念ながら世間の期待は低いのです。より時間とお金をかけなくてはならないのに、社会はなかなかそこに前向きになりません。

「文化多様性」は今では当たり前の概念です。「身体多様性」も同じではありませんか。私は障害者が人類の一部分であるということが普通になってほしいのです。障害の医療モデル(障害は治すべきものであるという考え方)ではなく、違う人たちがいていいのだという考えを支持します。人間というのは、自分が安全なところにいる、居場所がある、ということだけでどんどん変わっていくことができます。目に見えない変化もあります。自信をもって人に会う、自信をもって買い物に行く、そういうちょっとした変化が大切なのです。

自由で即興的な音楽体験

「かわさきBRIGDEオーケストラ」の土曜日は、みんな笑顔でした。パソコンのゲーム音楽だけではあの笑顔はつくれません。音楽で深い喜びを感じる空間を作っていきたいのです。私は少しでも、いい音楽の価値を示せたらと思っています。結果はどうなるか、わかりませんが。

100年前と比べれば、障害者の人権や平等性は改善してきていると思っています。私はそこに少しでも貢献していきたいのです。

(Photo: Taku Watanabe, Text: かわさきジャズ事務局)
※10月27日、後半部分を修正しています。

かわさきBRIDGEオーケストラ

かわさきBRIDGEオーケストラ(今後更新予定)

https://www.kawasakijazz.jp/future/kbo.php

昨年東京交響楽団により演奏された「かわさき組曲」(2021)に関するベン・セラーズさんのコメントもぜひお読み下さい(ブリティッシュ・カウンシルのサイトに飛びます)

https://www.britishcouncil.jp/programmes/arts/drake-music/ben-sellers-blog-dec-2021

ベン・セラーズ Ben Sellers

英国におけるテクノロジーを取り入れた音楽教育プログラムのパイオニア。教科書『Teaching Music with Garageband for iPad』をはじめとする音楽教材の著者。これまでBBC交響楽団、ロンドン博物館などの芸術機関や音楽フェスティバル、英国各地の音楽教育機関などを対象にトレーニングを行ってきた。音楽ワークショップを参加者や社会に変化をもたらすものととらえ、現在は特に障害のある人の音楽へのアクセス向上に取り組んでいる。