グルスキーの世界にも写らない

ボクらはいつからかこの掌サイズの小さな画面の中にも生きるようになった。

いや、実際生きているのか、生きているという表現が正しいのか、存在を疑ってしまう程その事実に対しては日々疑問が募るばかりで、そもそもそれに対してどうこう想うこと自体に問題があるのかもしれないと、今や自分の感覚を疑い始めていることに一周回ってようやく気付き出した。

コンビニのパンやマフィンに使われている膨張剤のように、僕らの物語を大きく増幅させるような小さなサイズの中に生まれた世界には最早手に負えない膨大な世界だった。



「ネット」「小説」とだけ打ったら出て来た、この何だか分からない小説風の小説に、意味を見出そうとしてしまう自分が好きだが嫌いだ。

小説を読み進める。

意味のないものなどないと想い込んで深堀りしている自分と、意味を探すことに疲れ始めている自分がいた。

ただ、文学に生きる人間が生んだ言葉のサプライズに出逢うのが好きだ。

小説を読み進めながら、これは何処かで感じたあの時の匂いだと錯覚して、一気に過去にワープしたりする。

その時の自分はそこにいなくて、文章に目がありながら頭の何処かで情景と隣にいる顔のない顔を浮かべながら、寝て夢が始まる時のように小説の中に生き始めた自分に全く気が付かない。

童貞を捨てた高校一年の夏の彼女のシャンプーの匂いが忘れられない。

お揃いのものを持ち始めると終わりを考えてしまう癖は、まだ三十にもなって結婚を知らないからだと想ったりする。

小説を読み進めるごとに、自分がネガティヴになっていくのは主人公のせいだと想いたいが、結局分かってしまう自分が一番ネガティヴなのかもしれないと自分の根にため息が出る。

絶望した青春時代は今では何も知らなかっただけだったと想えることが唯一の開き直れる言葉だった。

小説を読み進める。



いつの間にかここまで文章を読んでいたことに気が付く。

言葉に没入し始めている自分は、昔から文章を読むような人間ではなかった。

勉強は嫌いだった。

自分に何一つ目的を持たない競技レースに放り込まれスターターピストルの音が鳴ったのはいつだっただろうか。

小説を読み進めながら、ふと脳裏に小学校の頃に冬でも半袖を着て来ている奴がカッコ良く見えたことを想い出した。

冬は長袖という幼いながらにあった小さな概念は、そいつによってぶち壊された。

他にも教室でずっと帽子を被ってる奴がカッコよく見えたりもした。

そいつが被っていた帽子の質感は自分のものと少し違った、そんな細かいことが妙に自分の中に残っていたりする。

今想えば幼い頃は違いに敏感で、違いは憧れであり同時に恐怖でもあった。

小説を読み進めた。



将来は漠然とすらなかった。

ただ、一生生きてるだろうと想わず想っていたと想う。

ボクらはいつからかこの掌サイズの小さな画面の中にも生きるようになった。

今ボクは画面をみていない。

みているのは、多分その奥にある感情であって、美しいと想える感情があるそこには世界がない。

ボクらが生きてるのは感覚の中でネット上では無論ない。

小説の一章の最後の文にあったのは、言葉だった。

言葉でしかなかった。

その言葉をどう感じたかという感覚がボクがボクを感じれる唯一の瞬間でそれを感じる為に生きてると想う。

一章が終わった。


またボクはボクに没入していた。

我に帰ってトイレに立ち上がった後も、寝落ちをした瞬間がいつか分からない時のように、またボクは小説を読み始めていた。



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ボクらがその瞬間に生きていたのは小説の中で湧き生まれてくる五官の中



小説を読み進める中で生まれてくる感情にフォーカスを置いたこのお話は、きっと小説を読んでいる誰もが経験した話かもしれない。

小説がいくら嘘に塗り固められた作り話でも、自分の中に生まれた感情に何一つ嘘はなくて、言葉一つに引っ張られる感覚に身を委ねるのが好きだったりする。


泣いてしまう感覚も怒りの感覚もみんな何処かに誘(いざな)われるからで、その瞬間からは既に著者が書いた世界から離れ飛び出してく。

答えは常に自分の中にあって、他の人の中にも同じようにその答えがある。

誰かの正解を探すことは最早論外。

なのに世間は平然と今日も普通という言葉を振り回す。

ね、そろそろやめにしない?

そんな声が小さく響いて消える。


心臓が動いているから生きてるのか、呼吸をしているから生きているのかというのは非常に分かりやすい事実で、ただ、何処に生きているのかは誰も教えてくれない。

今日も何処に生きているかを自分の五官が探してる気がする。

小説を開くと自分に出逢っているのに、またそれに気付かない、いや気付けないんだと想う。

いや、もう気付く必要さえないかもしれないと、また日を追う毎に違う感覚が生まれ始めていることに気付く。

それはグルスキーの世界にも写らないし、探せないのだ。

ボクはまた小説を読み進める。

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