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なぜロンドンに「鉄道通り」や「トンネル道」と呼ばれる道路があるのか

こんにちは。交通技術ライターの川辺謙一です。

イギリスの首都・ロンドンには、「鉄道通り(Railway Avenue)」や「トンネル道(Tunnel Road)」と呼ばれる道路が存在します。

なぜこのような道路がロンドンに存在するのか。
現地に行って確かめて来ました。

■現地の位置関係

まず、これらの位置関係を紹介します。下の地図をご覧ください。

「鉄道通り」や「トンネル道」は、「テムズトンネル」と呼ばれるトンネルの南端付近にあり、「ブルネル博物館」と呼ばれる小さな博物館に隣接しています。

地図の中央には「ブルネル博物館」があり、その右(東)側に「レイルウェイ・アベニュー(鉄道通り)」、左(西)側に「トンネル・ロード(トンネル道)」が通っています。

また、「ブルネル博物館」のすぐ近くに斜めになったグレーの細い線が入っています。この細い線が「テムズトンネル」の位置を示しています。
つまり、「ブルネル博物館」は「テムズトンネル」のほぼ真上にあるのです。

この地図の「マイナス(ー)」を押して、表示範囲を広げてみてください。
「ブルネル博物館」の下(南)側には、地下鉄(オーバーグラウンド/旧イーストロンドンライン)のロザーハイズ(Rotherhithe)駅があります。

このロザーハイズ駅は、「テムズトンネル」の南端にあります。

これらの位置関係を見ると、「テムズトンネル」と「ブルネル博物館」に密接な関係がありそうですね。また、これらは道路の名前とも何か関係がありそうです。

それでは、「テムズトンネル」と「ブルネル博物館」にそれぞれ迫ってみましょう。

■テムズトンネル(世界初のシールドトンネル)

「テムズトンネル」は、ロンドン市街を東西に流れるテムズ川の横断するトンネルです。当初は歩道として使われていましたが、現在は地下鉄の一部として使われており、電車が行き来しています。

この「テムズトンネル」は、世界最初にシールド工法を使って造られたトンネル(シールドトンネル)です。

ここで、「シールド工法」をご存知でない方のために、かんたんに説明します。

シールド工法」は、トンネルを造るときに使われる工法の一つです。「シールド」呼ばれる筒で切羽(きりは・トンネル掘削の最前線)を支え、掘り進めながら、後方でトンネルの壁を構築していくという工法です。簡単に言うと、モグラのように地下を掘り進めながら、トンネルの壁を次々と造っていく方法です。

下の図は、「シールドマシン」と呼ばれる機械を使った現在のシールド工法のイメージです。「テムズトンネル」が造られたときはこのような機械はなく、すべての作業が「人力」で行われました。

シールド工法のイメージ(現在)

シールド工法が開発されるまでは、地下鉄建設などで開削工法が使われていました。開削工法は、地面から溝のような穴を掘り、その底にトンネルを造って埋め戻すというシンプルな工法ですが、地上の道路交通などに影響を与えてしまうという弱点がありました。

いっぽうシールド工法は、地面から垂直に「立坑」と呼ばれる垂直の穴を掘り、そこから横方向に掘り進むため、開削工法よりも「地表に与える影響が少ない」という大きな特徴があります。このため近年は、都市部を通る鉄道や道路、上下水道、地下河川などのトンネルの建設によく使われています。

■シールド工法とブルネル

シールド工法を考案したのは、イギリスで活躍した技術者であるマーク・イザムバード・ブルネルです。その目的は、ロンドン市街を流れる河川(テムズ川)を横断する水底トンネルを造ることでした。この水底トンネルが、冒頭で紹介した「テムズトンネル」です。

それではなぜ、「テムズトンネル」を造る必要があったのでしょうか。それは、当時のテムズ川が往来する船で混雑しており、その往来の妨げになる橋を容易に架けることができなかったからです。つまり、テムズ川を行き来する船の進路を遮らないようにしながらトンネルを造る方法として、シールド工法が考案されたのです。

先ほど紹介したマーク・イザムバード・ブルネルと、その息子であるイザムバード・キングダム・ブルネルは、どちらも鉄道やトンネルの建設に大きく貢献した人物です。

この2人の親子は、イギリスで「偉大な技術者」として扱われているものの、日本ではあまり知られていません。ただ、鉄道が好きな方の中には、デザインが優秀な鉄道車両や鉄道施設に贈られる「ブルネル賞」を通して、その存在を知った方もいるでしょう。

■ブルネル博物館

冒頭で紹介した「ブルネル博物館」は、「テムズトンネル」の南岸側にあります。これは、ブルネルが手がけたテムズトンネルに関する資料を展示している歴史博物館です。

ブルネル博物館
ブルネル博物館の入口

ブルネル博物館の建物は、もともと「テムズトンネル」の排水を汲み上げるポンプを置くために造られた機械室を転用したもので、博物館としてはコンパクトな造りになっています。

ブルネル博物館には、ブルネルや「テムズトンネル」に関する展示が多数あり、スタッフがとてもくわしく説明してくれます(ただし英語)。私はその説明を聞き、「テムズトンネル」の建設が当時いかに画期的なことだったのかを知ることができました。

なお、ブルネル博物館の展示物は、公式サイト(英語)に載っています。

ちなみに、ブルネル博物館を紹介した日本語のガイドブックはあまりないようです。おそらくロンドン市街には、大英博物館を始めとする規模が大きい博物館が多数あるため、割愛されてしまったのでしょう。

「鉄道通り」とブルネル博物館の案内板

■「鉄道通り」と「トンネル道」

ブルネル博物館は、冒頭で紹介したように、「鉄道通り」「トンネル道」と呼ばれる道路に挟まれた場所にあります。

なぜこのような名前の道路が存在するのか。私はこれまでその理由を示す資料を探してきましたが、現時点ではそのような資料には出会っていません。

ただ、ブルネルが鉄道の発達や、トンネルを造るための新しい工法の開発に大きく寄与したことは事実です。それゆえ、ブルネルの功績を讃えて、ブルネル博物館の周りの道路にこのような名前をつけたと考えられます。

住宅街にある「鉄道通り」
「トンネル道」の案内板

もしこの記事で興味を持たれた方がいたら、ぜひ「ブルネル博物館」に行ってみてください。そこにある展示物を見れば、イギリスでブルネルが偉大な技術者とされている理由や、世界初のシールドトンネルが建設された背景などを知ることができます。

<注意1>この記事は、2006年6月に取材したことをベースにしてまとめたものです。現在とは状況が変わっている可能性がありますので、その点はご了承ください。
<注意2>この記事は、2022年6月14日に一部を修正しました。

ブルネル博物館の紹介(ロンドン・ナビ/日本語)

ブルネル博物館公式サイト(英語)

ブルネル博物館の最寄駅
地下鉄(オーバーグラウンド)ロザーハイズ駅


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