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ファイナルボーイフレンド



「それは世紀末のフンフフ〜ン」

「いや知らないのかよ」



 好きだったコメディアンの真似をしてボケると、的確にツッコんでくれる人。



「クリスマスイブくらいわかるっしょ。それに今、世紀末でもないし。」


 彼女に言わせると、このツッコミ力は「環境に鍛えられた」そうだが、こうしてケラケラと笑っているところを見られるならボケの1つもかましたくなる。


「この歌好きなんだよ」


「今頃になると毎年歌ってるもんね。私も好き。歌詞が絵本みたいで。」


 そんな今日は20XX年12月24日。クリスマス・イブ。


 毎年この日は腕によりをかけて料理を作ってくれるのだけれど、今年は僕の提案でお店で買って済ませることにした。


「鬼盛りポテト、2人で食べきれるかな。」

 僕の心配をよそに、顔くらいのサイズのバケツを抱えて嬉しそうにしているその人は、


「全然いけるっしょ。なんならうち1人で食べきるし!」


と豪語する。フードファイターかよ。


「ケーキもチキンも買ったし、ジュースは家にあるし、あとデリバリーピザ。いつも多すぎるかなと思うくらい用意してもなんだかんだで全部食べきっちゃうんだよね。」


「それはうちが食いしんぼって言う意味?」


 こうして2人で過ごすようになってから何年になるだろう。何年…あれ、何年だっけ?まずいな、こんなんだとまた怒られる。まあそれなりに長い付き合いにはなる。なってしまった。ちなみに同棲はしていない。僕は一緒にいられる時間が増えるし、同棲したいと思うのだが、それは彼女のポリシーに反するそうだ。曰く「今が心地良いから環境を変えたくないんだ。」と。普通にお互いの家を行き来したり、一緒に出かけたりできるし、特に問題があるわけではないのだけど。



 彼女は現在、絵本作家を生業にしている。
 温かみのある絵と、子どもが楽しめるのはもちろんのこと、大人が読んでもハッとさせられるような本質を突く文章が支持されているそうだ。


 世の中は6Gとか超高速通信なんとかで、すっかりデジタル全盛の時代である。本というのも例外ではなく、もはやデジタル媒体で読むのが主流になっているらしい。文章を音声で読み上げるなどの便利な機能も充実しており、特に高齢者や視覚障害者など文字を読むのが難しい人には大いに助かる面もあるだろう。


「でも、絵本の魅力ってやっぱりページをめくる楽しみとか手触りとか匂いとかもあって。それにやっぱり読み聞かせも、機械じゃなくて人の声で読み聞かせする方が私は好きなんですよね。」


 ある雑誌のインタビューでそんな風に語る彼女を見て、こういうところが好きなんだなぁと改めて思う。



 僕はというと、文筆業をしている。文筆業なんてかっこよく言ってみたけど、いわゆるフリーのWEBライターというやつだ。人生に迷っていた時、街の占い師から「あなたの星を見ると、言葉の才能が秀でている。それを仕事に活かせば豊かになります」と言われたことをまんまと信じ、今に至る。最初は思うようにいかなかったが、やっていくうちにコツを掴んでスキルも身につき、なんとか東京で食べていけるくらいの収入は得られるようになった。これはこれで及第点の人生かなとは思っている。


 しかし、彼女はそんな僕に優しくない。


「孝介の気持ちが全然入ってないんだよね。文章に惹かれない。小説書きたいって言ってたのはどうなったの?」


 確かに彼女の言うとおりだった。この仕事にはある種の専門性とコツが必要で、逆に言うとそれを覚えれば誰でも出来てしまうものではある。

 そして小説と言ってもあくまで趣味程度にやるつもりでいたものだけれど、日々の作業に追われてまったく手がつけられていなかった。


「孝介が前にくれた手紙、文章は今よりずっと下手くそだったかも知れないけど、それ以上に気持ちが溢れてた。嬉しかったんだけどな。」



…きっついパンチ打ってくるじゃん。




 このクリスマス・イブに、僕はある計画を立てていた。


 サプライズ。


 ベタだけど女の子はやっぱり好きだよね、という浅はかな考えだ。


 この日の為に、この2ヶ月ほどピアノの練習に励んできた。しかも先生付きという力の入れ具合である。


 その先生というのが彼女の親友の「しーちゃん」。別に変な関係ではなく、彼女も含めて仲良くさせてもらっている間柄だ。
 以前、音楽教室の講師をしていたしーちゃんに僕はこっそり個人指導をお願いしていた。弾きたい曲を楽譜に落とし込んでもらい、「かえるの合唱」をゆっくり弾くのがやっと、というレベルのポンコツに根気強く指導してくれた。しかも彼女が好きな服やアクセサリーのブランドについても色々教えてもらったりもした。「あの子が喜ぶなら何でもするよ!」と言ってくれて自分のことのように嬉しかった。本当に感謝しかない。
 きっと素敵な人の周りには素敵な人が集まるんだろうな。

 

「おーい、孝介くーん?」


 はっと我に返る。いつの間にか意識が空っぽになっていたようだ。


「はいはい、またどっか行ってたね」


 僕の空想癖(妄想癖?)はこのようにわりとよくある。
 その度に彼女に指摘されているけれど、僕だって好きでどっか行っているわけではないことはわかってほしい。


 今回のサプライズもそんな時にふと“降りてきた”のだった。その曲をピアノで弾いている自分が。別に何かを伝えたいとかじゃなく、ただ単純にそれがやりたい、やってみたいと思った。



「実は今日、見せたいものがあって」


「なによぉ」


 茶化すように答えて、でも少し真剣な表情になった彼女が僕を見つめる。


 僕の部屋で、ピザやポテトをつまみながら他愛のない会話をする。結婚とか考えなくても、こんな時間が続いていくならそれが幸せな人生だと思う。


──この関係を変えるのが怖かった。



「そのままちょっと待ってて」


 僕は、別の部屋に置いていた電子キーボードをセッティングし始める。


「なに?歌のプレゼントでもしてくれるの?」 


「まぁまぁお嬢さんそうあせりなさんな…。よし、っと」


 鍵盤の上で軽く指を滑らせる。やっぱり緊張で指が固まってる。少しほぐすように指の準備運動。


 ふぅー。
 よし、行こう。




 僕は、彼女がこれまで何千、何万回と聴いてきたであろうイントロを弾き始める。




─“だけどそんな強くはなれないよ 帰り道の途中”

─“選んだ未来に見えなくなってくfriend”



 原曲のテンポで弾く技術が僕にはないので、演奏はとてもゆっくり。アンダンテ?っていうんだっけ?

 それでもミスタッチをしてしまい変な音が出る。恥ずかしいやら情けないやら。自分でも笑っちゃうよな。でも最後までやり切るんだ。


 気持ちを込めて。




 どうにかワンコーラスを弾き終えて、演奏中は全然余裕がなくて見れてなかった彼女の顔を見ると、両手で顔を押さえて泣いていた。ううん、見れなかったけど気づいてた。

 鼻を啜る音が聞こえていたから。その音につられて僕も泣いていたから。


 潤んだ目で見つめ合う僕ら。



「…めっちゃヘタじゃん。」


「ひどい。これでも頑張ったのに」


「うん、知ってる。ありがと」


「え、知ってる…って」


「知ってたよ。ふふ」


「あ、しーちゃん…」


「ほら、まだ食べ物いっぱい残ってるよ。一緒に食べよ!」


 というわけで全然サプライズになっていなかった僕の下手くそな演奏会は終わった。




 ポテトとピザを温め直し、またくだらないやり取りをしながら食べる。テレビでは札幌のイルミネーションが流れている。


「懐かしいなぁ。でもさ、知ってる?このイルミネーション、カップルで見に行くと別れるってジンクスがあるの。」


「え、そうなの?俺ら何年か前に……」


「ま、ジンクスはジンクスだからね。」


 そうだよな。そんなのはただの噂話。笑って流すくらいで丁度いい。



 すっきりとした心持ちで、僕は宣言した。



「俺、ちゃんと小説書いてみるよ。」


「うん。」


 ベストセラーなんて興味はない。
 どれだけ時間が掛かろうとも。
 ただ、自分のことをもっと深く知るために。好きな人に好きと伝えるために。



「楽しみにしてるね。」



 大好きな人の笑顔をずっと見ていたいから。

 この先の普通の日を、これからも一緒に普通に過ごしていけますように。




 時計の針はもうすぐ0時。



 メリークリスマス🎄








〈挿入歌〉
羊文学『1999』
タイトル未定『踏切』

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