わたしの思考のエンジン|伊藤亜紗さんが選ぶ「絶版本」
大学院生時代、机に向かうとまずレム・コールハースを読む習慣があった。毎朝の朝礼のような感じで、適当に開いたページを数ページ読むのである。私の当時の研究テーマは19世紀末から20世紀前半にかけて活躍した、ポール・ヴァレリーというフランスの詩人。コールハースとは分野も時代も全然違うのに、ヴァレリーについての論文を書くためにコールハースの文章の力が必要だった。
思考を言葉にする過程は、〈私〉の内面で起こっている運動に形を与える作業だ、というのが一般的な考え方かもしれない。でも、私にはあまりしっくりこない。言葉という人々が日々使っている公共のツールを、〈私〉の中にぽんと投げ入れる。さて、何が起こるか。反応を眺め、結果を記述することが、「思考を言葉にする」であるような気がしていた。要するに、内発的にではなく外発的に考えるほうが、自分にとってはやりやすかったのだ。
コールハースの文章は、外発の最初の一手として最適だった。ドライブ感があるので、思考のエンジンになってくれるのだ。あとはその勢いに任せていけば勝手に思考がすすむ。内容というよりも、文章が作るリズムや気分、書き手としての態度のようなものをコールハースからもらっていた気がする。
なぜコールハースなのか、と言われると、究極的には「相性」としか言いようがないのかもしれない。でも彼が建築家であるということも、どこかで関係しているように思う。コールハースの文章は、強力で魅力的なビジョンに貫かれなから、同時にパブリックに開かれているように感じる。町の中にある感じ、というか。
その証拠に、コールハースの本は、どこから読んでも楽しかった。一段落ごとにバラバラになっても確かさを失わず、読み手の心にきちんとどといて、すっと外に連れ出してくれる。もちろん論理や展開が緻密で、最初の一ページ目から順番に読まないと分からないような本もいいけれど、いつもそばにおいておきたいのは、むしろ入り口がいっぱいあるような本である。頑なに一本の道に従って進むように指定するのではなく、あっちからこっちへ、こっちからあっちへ、自由に散歩できるような本である。
本書、『プロジェクト・ジャパン』は、数あるコールハースの本のなかでも、ダントツに「パッと開いて楽しい本」だ。全体が分厚いスクラップブックのような作りで、テキストの横に写真が並んでいたり、手書きの図面が載っていたり。背表紙を持って逆さにしたら、ページの間から剥がれた資料がバラバラと落ちてきそうな風情である。使われているのもまさにスクラップブックのようなざらざらした手触りの紙だし、キーワードを強調するために使われた蛍光色はポストイットが貼ってあるみたいだ。
『プロジェクト・ジャパン』のテーマは、1959年に始まった日本の前衛的建築運動、メタボリズムである。戦争によって徹底的に破壊された国土に未来像を描こうとした建築家、アーティスト、デザイナー、官僚たち。高度経済成長を背景に、彼らは人口の増加にあわせて成長する「新陳代謝する建築」を構想した。その活動を詳細に記録するために、コールハースはキュレーターのハンス・ウルリッヒ・オブリストとともに、当時を知る関係者たちにインタビューをしてまわる。菊竹清訓、黒川紀章、川添登、磯崎新、東松照明……インタビュイーは総勢24名にのぼった。
だが、このインタビュイーのリストには、一人、欠けている名前がある。そう、メタボリズムの中心人物、丹下健三だ。メタボリズムは東大の丹下研究室から生まれた運動であり、彼なくしてメタボリズムは存在しえなかった。しかしながら、丹下は2005年に他界。これはコールハースらがインタビューを開始したまさにその年であり、丹下にインタビューすることは叶わなかった。
だから本書は、丹下健三という不在の巨匠をめぐる証言でもある。自分が大学院生のときには磯崎や黒川に感情移入して読んでいたような気がするが(そもそもこの本を買ったきっかけは、当時友人と出していた雑誌で磯崎にインタビューすることになったためだった)、いま改めて読み直してみると、丹下の存在がとても気になる。自分が教員となり、学生を率いて研究室を運営する立場になったからだろう。
本書から伝わるのは、「人を活かす人」としての丹下の懐の深さだ。教育の現場では、教師が学生に教えようとして介入しすぎてしまい、結果として学生を支配してしまう、ということがしばしば起こる。ところが、丹下は徹底的に学生や周囲の人々を信頼し、任せる。もちろん、任せるばかりでなく自分のなかに計画をもち、計算もしていたことをコールハースは強調しているが、丹下がそれぞれの才能を見抜いてバトンを渡し、その潜在的な力を引き出すことがなければ、メタボリズムが国際的な運動にまで発展することは不可能だったはずだ。
さらに、掲載された大量の写真が示しているのは、丹下が学生たちの私生活をも支えていたことである。「昔ながらの家庭的な親密さ」といえばそれまでなのかもしれないが、本書には学生たちの結婚に際して仲人をつとめ、式場まで提供する丹下の姿がある。女性の出入りがあったことも、当時としては革新的なことだったろう。革命的な運動とは、突飛なことではなく、むしろ生活や日常とともにあるのかもしれない。
(写真=筆者提供)