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近世百物語・第四十三夜「デパートの怪」

 高校生くらいの時のことです。市内のデパートへ遊びに行くと、たしか呉服売り場でしたが、
「番頭さん、番頭さん」
 と、しきりに叫ぶ老夫婦を目撃しました。
 デパートで〈番頭さん〉とは、もう、そんな時代でもないのですが、ひたすら叫んでいました。しかし、誰も老夫婦に対応することすらないのです。それを見ていて不思議に感じました。老夫婦は着物を着ていて、時代劇で見るような、ちょっと古風な髪形をしていました。祖母が、日本髪を結っていたので不自然には感じませんでした。しかし、まわりの人が無視しているのを不思議に思ったのです。
 ふと、
——あぁ、この二人は亡霊なのか……。
 と思いました。
——それにしては、うるさい亡霊だな。
 と思いながら見ていると、その場でかき消すように見えなくなりました。あんなにうるさい亡霊は、はじめて見ました。

 デパートと言えば、ある時、デパートの階段で、グリコをして遊ぶ子供たちを見ました。グリコとは、子供が良くする、ジャンケンをして、
——グリコ、チヨコレイト、パイナツプル……。
 と進むアレです。
 遊んでいた女の子は、小学校にあがったばかりのように見えました。二人の兄弟らしき子供とジャンケンをしています。
 私は、階段途中のベンチに腰掛け、何げなく子供たちを眺めていました。
 その時、前を歩いていた母親が、
「はやく来なさい、それにしてもひとりで良く遊ぶわよねぇ」
 と言いました。
 私は、
——えっ、三人ですけど……。
 と思いましたが、女の子は、
「お友達と、遊んでいるの……」
 と、親に言っていました。
 母親は、
「だって誰もいないでしょう。いいかげんなことを言ちゃぁいけないって、何度、言ったら分かるの?」
 と、叱っています。
 その時、女の子は、
「だって……」
 と言いかけましたが、近くにいたほかの子たちに、
「しっ。こんなの言っても何も分からないさ」
 と制止されていました。
 そして、私の方を見て、
——そうだろう。
 と、言わんばかりに笑っています。
——何だ、この子供達も亡霊の一種か?
 と思いました。

 そう言えば、子供の頃、市内のデパートの屋上にお化け屋敷の見世物が出たことがありました。それは夏に限定されたイベントでした。田舎の、しかも臨時のお化け屋敷だったので、あまり怖い種類のものではありません。あきらかに作り物のチャチな幽霊とか、河童の人形とか、一つ目小僧らしきものとかが、黒い壁のあちこちに飾ってありました。
 そのイベントは、やがて、
——あそこには本物の幽霊が出る。
 と言う噂が広まって、ある年の夏、突然、中止になりました。首吊りの亡霊がいるとか、半透明の女が笑うとか、色々な噂が立ちました。それからデパートで夏のお化け屋敷のイベントを見ることはなくなりました。
 その頃、祖母が、
「知り合いのお祓い師が、何人も忙しくなって、あのデパートにも困ったもんじゃ」
 と言っているのを耳にしました。
 そして、
「あんなもん、誰の手にも、おえるもんじゃないぞ」
 と続きました。
 私は、祖母に、
「お祓いには行かないの?」
 と尋ねました。
 すると、
「命、あってのものだねじゃ。いいか、頼まれもせぬ場所にノコノコ出かけて行って、やたら短い命を縮めるものではないのじゃぞ」
 と、笑っていました。
 私は、祖母が誰かを助けるためにお祓いをしているのを、一度も見たことがありません。ただ、何人ものお祓い師たちが、夜中に祖母を尋ねて来ては、何か相談しているのを見たことはあります。祖母は必ず人目をさけ、私以外にそれを見せることはありませんでした。
 母や叔母達にそんな話をしても、
「狐か狸に化かされたんじゃろう」
 と笑っているだけでした。しかし、祖母には、あちこちに職業的霊能者の知り合いがいたようです。
 母が、
「あの人の知り合いは良く分からない」
 と言っていたのを、子供の頃に聞いたことがあります。

 デパートと言えば、1972年5月13日に大阪のデパートで火災がありました。千日前のことです。あの場所には、それから霊的な噂が絶えることがありません。デパートが立つ前から、もともと霊的な噂がありました。江戸時代は処刑場や墓場があったそうです。デパートを建てる時、人骨がごろごろ出て来たそうです。
 今は、某カメラの量販店になっていますが、その前は別な名前のデパートでした。
 この地名、千日前の名は、近くの寺・法善寺の前と言う意味です。今の法善寺は、その昔〈千日寺〉と呼ばれていました。その千日前にあったデパートが火災になり、多くの死者を出したのは、霊的な意味では当然なのでしょうか?
 あそこには何度か行ったことがあります。中に鏡が置かれていないトイレがあり、そこには鏡にだけ写る亡霊がいるそうです。火災の被害者の亡霊もうろついているようで、
——熱い熱い。
 と言う声が聞こえたとも言います。
 某デパートであった時は、もう何十年も前なので行ったことはありません。その後に出来たデパートや、最近、出来た量販店へも何度か足を運ぶことがありました。そこへ行ったのは、昔、火災があったことを知っていたからです。
 デパート火災で亡くなったのは118人。この犠牲者は、処刑場で処刑された人数と同じ数だと噂されています。しかし、それについては定かではありません。
 処刑場の跡地から白骨がたくさん掘り出されたとの噂も確かではありません。墓地であったから白骨が出たのでしょう。処刑場に死体を埋めるなど考え辛いことです。
 それらのことを感覚で捉えるために、あのデパート跡地へ行きました。やはり何度か亡霊を見ることになりました。彼らはただひたすら、さ迷い歩いていただけですが……。

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