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【童話大戦争】 ⑥ 結集 日本童話軍

【同舟共命その1】
 殿しんがりを務めた桃太郎と鬼たちは、命からがら海岸までたどり着いた。家臣たちの盾となり、身命を賭けて奮闘した鬼軍団は、その数を四百まで減らしていた。
 何度も全滅の危機に陥ったが、なぜかその度に西洋軍の進軍速度が落ちたのが幸いした。途中からグリフォンやハービーたちが山に向かって飛び去っていったのも助かった。

『やっとここまで来たが…さて、鬼ヶ島までの船をどうしたものやら。このままでは、文字どおり背水の陣を引くしかないのう。』
 桃太郎は一人自嘲気味に笑った。

温羅うらよ。お前たち鬼は泳ぎは得意か?」
「は?」
 唐突に真顔で問われた温羅は面食らった。

 満身創痍の桃太郎たちが入江の砂浜に降り立ったとき、目前に広がったのは、海原を埋め尽くす浦島太郎軍の輸送部隊であった。
 クジラを中心とした輸送隊の上では、桃太郎たちの到着を待ちかねた家来たちが大歓声を上げている。
 その周りでは、シャチやサメの殺戮部隊、巨大生物軍団が護衛に当たっている。
 空を見上げると、天狗衆や龍たちの物の怪一族が空からの攻撃に備えている様子が見えた。時折、魔女の偵察部隊でも感知したのか、龍が目にも止まらぬ速度で迎撃に向かっている。
 よく見ると、入江一面に、海坊主や舟幽霊や濡れ女などの物の怪衆が数多く漂っている。
 キジ軍団は、桃太郎たちの到着を見届けると、一斉に飛び立ち、上空を大きく一回りしたあと鬼ヶ島に向かっていった。

 桃太郎が呆然と立ち尽くしていると、砂浜を無造作にざくざくと歩いてくる男がいた。
 温羅が、ずいっと桃太郎の前に出て、盾になる。

「桃太郎殿、よくぞご無事で。」
 浦島太郎だった。

「浦島…殿、これは一体…」

「話はあとにしましょう。もうじき追手も到着するでしょう。今は、我々と物の怪一族を信用していただきたい。我々が貴軍を鬼ヶ島まで送り届けます。まずは、海幸彦山幸彦兄弟が用意した船の中で話をしましょう。」

 桃太郎は、戸惑いつつも浦島太郎に従い船へと歩んだ。
 そして、ふと振り返り、思い直したかのようににやりと笑った。
「良かったな、温羅。これで泳がずに済むぞ。」


【ジョリーロジャー号】
 その頃、フック船長は、入江から離れて停泊しているジョリーロジャー号で怒り狂っていた。
「昨日竜宮城で溺れかけたばかりだというのに、今日はいったいなんなんだ!わけのわからん奴らが増えてるじゃねえか。大体、あのお化けみたいなやつらはなんだ!縁起が悪くてしょうがねえ!」
 そもそも、ただでさえ迷信深い船乗りたちは、物の怪がうようよ漂う入江には誰も近づこうとはしなかった。

 そのとき一隻の商船が静かにジョリーロジャー号に接舷し、シンドバッドが乗り込んできた。
「フック船長、焦るな。相手の戦力はまだ未知数だ。仲違いしていた奴らが手を組んでいる節もある。」

「このまま、桃太郎軍が海に逃げるのを見ていろと言うのか!海は俺たちの縄張りだぞ!ドン・キホーテのじいさんに何を言われるかわからんぞ!」
 ドン・キホーテを昔から苦手としているフック船長が喚き立てる。

「よく考えろ。うちのセイレーン部隊は全滅したが、向こうにはまだ人魚部隊が残存している。いざという時にまたあれをやられたら、クラーケンもシーサーペントも動けなくなるぞ。もちろん、あんたたちもな。ドラゴン部隊も大方は金太郎軍掃討に向かっている。見てのとおり、今や制空権は向こうにある。」

「なんとかならんのか、シンドバッド!」

「ならんね。手詰まりだ。あいつらの行き先は鬼ヶ島だろう。あとで攻め落とせばよかろう。」

 フック船長は歯ぎしりをしながら、日本軍の動きを手をこまねいて見ているしかなかった。


【同舟共命その2】
「うーん、なるほど。かぐや姫が動いたか。どおりで、西洋軍の詰めが甘かったわけだ。姫に感謝すべきなんだろうな。」
 鬼ヶ島に向かう船内で、山幸彦に事の次第を聞いた桃太郎が唸った。

 間を置かずに海幸彦が桃太郎の説得を始めた。
「西洋軍の軍事力は我々が思うよりずっと強大です。金太郎殿も山中で追い詰められています。
 しかし姫は、我々日本童話界が一致団結して立ち向かえば撃退可能だと考えています。そのために、姫は大天狗様さえ味方に引き入れました。我々が総力を結集すれば、西洋軍もこれまでどおりにはいかないでしょう。
 今こそ桃太郎殿も御英断を下すときです。」

 考え込む桃太郎に、浦島太郎が柔らかい口調で話しかけた。
「私も姫様から手紙をいただいて、最初は面食らいました。いくら外敵に立ち向かうためとは言え、あまりに唐突過ぎる提案でしたからね。
 でも、私たちは憎しみ合うがゆえに戦争を始めようとしたわけではありません。ただ童話界の頂点を目指すために戦争をしようとした。桃太郎殿も金太郎殿も同じでしょう?
 今、それにこだわって、日本の童話界が西洋に支配されたのでは全く本末転倒だとは思いませんか?
 それにね。私は思い出してしまったんですよ。」

 そこで言葉を切った浦島太郎は、「ふふふ」と笑った。
 桃太郎はきょとんとした顔で浦島太郎の次の言葉を待った。

「私たちが小さいころ、深い山の中で、日が暮れるまで遊んで迷子になった時のことを覚えていませんか?周りは真っ暗になるし、悪戯いたずら好きの大天狗様にさんざん脅かされて、心細くて、怖くて、お腹が空いて、三人とも鼻を垂らしながら一晩中泣いたでしょう?次の日に助けられたときの、あなたや金太郎殿の泥だらけの笑顔をなぜか思い出してしまったんですよ。」

 今でこそたもとを分かつことになってしまったが、もともと桃太郎と浦島太郎と金太郎は「三太郎」と呼ばれて兄弟のように育ってきた仲だ。

 桃太郎の頭の中に、かつての濃密で楽しかった日々の思い出が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇ってきた。
『ああ、懐かしいな。毎日が本当に楽しかった。あの頃に戻るのも悪くはないな。』
 桃太郎は、そう思った。

「分かったよ。兄弟。また仲良くやろう。」
 桃太郎は浦島太郎に手を差し出し、浦島太郎はその手を力強く握った。


【金太郎軍 危機一髪】
 山中では、金太郎軍をあと一歩まで追い詰めていた西洋軍に異変が起きていた。
 ドワーフやゴブリンたちが、突然襲ってきた激しい空腹に耐えかねて、次々に戦線を離脱していった。
 騎士やオオカミたちは、原因不明の高熱に犯され、そこかしこでへばっている。
 魔女軍団長モルガン・ル・フェイは、急遽ドラゴンやハービー、グリフォンを総動員し、金太郎軍の息の根を止めるべく空からの攻撃を試みた。
 しかし、金太郎軍が逃げ込んだ山頂から2km四方は全く攻撃を受け付けないばかりか、壁があるかのように近寄ることさえできなかった。
 西洋軍の空軍は、時間を無為に費やしただけで、またしてもすごすごと本陣に帰還する羽目になった。

 それから遡ること数時間前。
 大天狗は、かぐや姫と練った作戦どおり、桃太郎軍と浦島太郎軍に、天狗衆や龍などの空軍と海の物の怪衆を向かわせた。
 そして、自ら山中に出向き、金太郎たちが追い込まれた山頂に強力な結界を張り巡らした。
 それと同時に、レジスタンスによって足止めされていた西洋軍に、ヒダル神や疫病神、餓鬼などを向かわせて、兵士の体力を削る作戦を展開したのであった。

 西洋軍の戦力が急速に落ち込む中、機を見て敏なるヤマタノオロチは、九尾の狐、大狸、木霊こだま狒々ひひぬえ大百足おおむかで鎌鼬かまいたちなど山岳戦を得意とする物の怪たちを率いて、息も絶え絶えの西洋軍地上部隊を襲撃し、そのほとんどを山から駆逐することに成功した。

 こうして金太郎軍は辛くも命脈を保つことができたのだった。

 このとき、戦場の遥か上空では、アーサー王がペガサスの手綱を握りながら戦況を見極めていた。
 西洋軍の敗退が濃厚となったとき、アーサー王の頬がかすかに緩んだことを、護衛のランスロットは気づかなかった。

「さあ、これからが本番だぞ。全力でぶつかってこい。」
 アーサー王は、ひとりつぶやいた。


【金太郎の決断】
 大天狗が張った強力な結界の中、坂田金時は満身創痍のクマの手当てをしていた。
 いち早く結界に逃げ込んでいたぬらりひょんから、厭戦派と静観派の参戦と活躍を聞いた金時は、複雑な想いを抱いていた。
『確かに大天狗には助けられたが、なぜもっと早く動かなかったのか。』
 金時は自分でも理不尽だと分かっていたが、瀕死のクマを目の前にして怒りを抑えることができなかった。

 クマの手当てを終えた金時が、今度は自分自身の怪我の手当てをしていると、唐突に背後から声が聞こえた。
はならして泣き喚いていたわらしが、ずいぶん立派になったものだな。」
 むっとした金時が後を振り返ると、そこには胡坐あぐらをかいた大天狗が泰然と座っていた。
「大天狗!…様」
 姿勢を正そうとする金時を制して、大天狗が言った。
「よいよい。傷の手当を続けながら聞け。この結界の中では、怪我の回復速度は外界の三十倍ほどになる。だから、クマのことは心配せずとも大丈夫だ。」
 まるで金時の心の中を見透かしたようであった。
 言われてみれば、金時の腕にあった深い切り傷がいつの間にかふさがり始めている。
 苦しそうだったクマも落ち着いた寝息を立てている。

「一日、この結界の中で大人しくしていれば、お前の軍勢は元の戦力まで回復できるだろう。
 だがな。お前らだけで跳ね回っても、結果は同じになるぞ。お前だってもう分かっているはずだ。」
 金時は黙って渋々うなずいた。

「あいつらは強いぞ。戦うことを心の底から楽しんでいる。
 お前如きが一人でどうにかなる相手ではない。わしら物の怪一族だけでも手に余るだろう。

 金太郎よ。わしも人間と手を組むなどというおぞましいことはしたくはなかった。
 だが、そんなくだらぬ自尊心やお前らのちっぽけな権力争いを、かぐやはいとも軽々と飛び越えてきた。

 今、この日ノ本を救えるのはかぐやだけかもしれん。
 だから、わしらはかぐやを将とすることに決めたのだ。」

 大天狗は懐から紙を取り出した。
「かぐやの檄文をお前にも読んでやろう。

『全ての者は、しがらみや遺恨を捨て、ひとつ方向のみを見よ。心を一にしてつどえ。そして、守れ。その力の全てをアーサー王に向けよ。』だ。

 我ら物の怪一族は腹をくくったぞ。
 浦島と桃太郎も手を結んだ。
 あとはお前だけだ。金太郎。
 意地を張らずに、洟垂れで泣き虫の『三太郎』を復活させろ。」

 金太郎は、かなわんとばかりに苦笑しながら頭を搔いた。

 その翌日、厳戒態勢下の鬼ヶ島に、かぐや姫、桃太郎、浦島太郎、金太郎、大天狗が一堂に会した。

(続く)


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