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【童話大戦争】⑤ アーサー王の憂鬱

【再会そして再見】
 敵の迎撃部隊を遥か後方に振り切り、暗黒空洞を一気にくぐり抜けたかぐやの目の前に、西洋童話の世界が開けた。

 しかし、そこにはかつて訪れた時に感嘆した美しい風景はなかった。
 極彩色できらびやかな、ここにいるだけで希望が満ちあふれてくるような世界は消え去り、どんよりとした澱んだ空気が漂う、荒廃し寒々とした灰色の街並みが広がっているだけだった。
 音楽に満ち溢れていた街は静寂に包まれ、西洋童話界の住人たちの姿は、不自然なほどどこにも見えない。
 
 龍が街道上空をゆっくりと進んでいくと、広場の先にかつてはなかった巨大で禍々しい建物が現れた。
 近づいてみると、鉄格子の窓が幾百と並ぶ、真新しい堅固な監獄だった。
 何かを感じたかぐやは、警戒しながら遠巻きに監獄の周囲を旋回した。

 「姫!姫!お久しぶりです!僕です!ピーターパンです!」
 突然、鉄格子の向こうから懐かしい声が聞こえてきた。
 「姫さま!お懐かしゅうございます!白雪です!」
 「ピノキオです!お姫様!」「わしじゃ!ミュンヒハウゼン男爵じゃ!」
 「かぐや様!」「サンチョ・パンサでございます!」「姫!」
 あちこちから次々に旧知の友達の声が聞こえてきた。
 髪を短く切り、粗末な服を着ていても、旧友たちはかぐやだとすぐに気づいてくれた。

 かぐやは、囚われているピーターパンの窓際まで近づいて、鉄格子越しに訊ねた。
 「ピーター、どうしてこんなことに!?こちらでは一体何が起こっているのですか?」 

 「姫様。アーサー王が、平和を愛する者達をこの監獄に閉じ込めてしまったのです。突然現れたメデューサの群れがみんなを石に変えてしまいました。そして気が付いたらここに入れられていたんです。ウェンディ―タイガーリリーもネバーランドのみんなも捕らえられてしまいました。そして、アーサー王の呪いをかけられたこの牢獄から誰も逃げ出せないのです。」

 「アーサー王は、今、日本童話界を侵略しています。彼は童話界を支配するつもりなのですか?」

 「王は、世界を支配することに全く興味はないはずです。王が興味を持っているのは戦争をすることだけです。戦争をしたいだけなんです。」

 「どうしてそんな…」
 絶句するかぐやにピーターパンが答える。

「王は、この平和な童話界にすっかり飽き飽きしてしまったのです。王は、生きているという証が欲しくなったんです。
 だから、それを確かめるためだけに、戦好きの者を集め、あちこちの童話界に戦争を仕掛けています。
 今では、戦争だけが王の唯一の生きがいなんです。
 戦好きの者たちは、王の呪縛に囚われてしまいました。果てしなく続く戦争から逃れられなくなっています。」

 「そんなことで、世界を戦禍に巻き込むなんて…。」
 思わず呟いたかぐやであったが、ふと疑問がわいた。
 「でも、メデューサを使えば簡単に日本を落とせたはずなのになぜ…?」

 「王にとって戦争はゲームと同じです。簡単すぎるゲームはつまらないということです。
 だからメデューサを使わずに、自ら先頭に立って戦争をしているのです。王はいつも強い相手を探し求めています。より強い相手が、王をより満足させます。相手が弱すぎると王が感じたら、メデューサを投入して戦争をさっさと終わらせることでしょう。」

 「メデューサは今どこに?」

 「数十匹のメデューサが、宝石の中に封印されて戦場に持ち込まれているはずです。」

 「ピーター、ありがとう。今、何が起きているのか分かりました。
 ところで、あなたたちを助け出すにはどうしたらいいの?」

 ピーターパンはすっかり諦め切った表情で答えた。
 「アーサー王の呪いを解くしか方法がありません。もしアーサー王が心の底から笑うことがあれば、この監獄の呪いはただちに解き放たれて、僕らは自由になれます。でも、残念ながら、王は何百年間も笑ったことがないのです。ひょっとしたら、僕らは永遠にこのままかもしれません。」
 牢獄の中の小さな籠に閉じ込められているティンカーベルも悲しそうな顔でかぐやを見た。

 「それから、姫様。魔剣エクスカリバーにはお気をつけください。王が不死身なのは…」
 
 ピーターパンが何かを言いかけたとき、かぐやを発見した追手のドラゴンが二匹、三匹と突進してきた。龍がドラゴンの攻撃をかわすその背中で、かぐやは監獄に囚われている人々に向かって大声で叫んだ。

 「みなさん!かぐやです!日本は今、アーサー王によって蹂躙されようとしています。でも、暴力が世界を支配するなんて絶対に間違っています!私たちは平和な世界を必ず取り戻します!それまで絶対に希望を捨てないでください!」

 かぐやの叫びはドラゴンの咆哮にも負けず、街に響きわたった。
 そして、監獄のあちこちから大きな歓声が沸き上がった。
 灰色だった風景がほんの少しだけふわりとパステルカラーに染まった。

 「みなさん!必ずまた会いましょう!」
 かぐやは、龍の背で振り返って叫ぶと、いつの間にかうっすらとかかった虹のアーチをくぐり抜け、再び暗黒空洞へ向かっていった。

【アーサー王の憂鬱】
 アーサー王はいら立っていた。
 これまで幾度となくいくさを重ねてきたが、その勝利は彼の心を決して満足させることはなかった。
 むしろ、勝利の度に、彼の心はより一層の飢餓状態に陥っていった。
 しかし、その感情に気づいていないのは、他ならぬ彼自身だった。
 
 アーサー王は、意味もなく部屋の中をうろつきながら、考えを巡らす。

 『初戦は、思いのほか歯ごたえがあった。
 桃太郎軍の鬼たちも、浦島軍の波状攻撃も、金太郎軍の策略も悪くはなかった。
 いや、見事だった。
 久し振りに戦いを楽しめると思った。

 しかし、所詮はそこまでだった。
 やっぱりあいつらも私の敵ではなかった。
 もう少し楽しめるかと思ったが、ここまでなのか。
 
 あとはつまらん殲滅せんめつ戦に移行するだけだが…。』

 アーサー王はぴたりと立ち止まり、顎に手をあてて眉間に深いしわを浮かべた。

 『あいつらなら、ひょっとしたらもう一手何かを持っているかもしれない。
 面倒ではあるが、あと少しだけ付き合ってやるか。
 つまらん戦いが長引きそうなら、メデューサを投入してさっさと終わらせればいい。
 頼むから、もう少し私を楽しませてくれ。』

 アーサー王は、おもむろに魔剣エクスカリバーをその手に取った。
 鞘ばしった剣身に刻まれた二匹の蛇がボウっと紫色の火を吐く。
 王は、荒々しくドアを開け放ち、つかつかと部屋を出た。

 「ランスロット!行くぞ、前線へ!ペガサスをもて!」
 憂鬱なる王が吠えた。

(続く)


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