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【エッセイ】あの夏の日、名画座で僕の手は

高校2年の夏休み。

男子校で彼女も作れずに暇を持て余していた僕は、中学からの腐れ縁である同級生のKに誘われて、街のはずれにあるちっぽけな名画座に映画を観に行った。
Kは、気が良くて友達が多いやつだったけど、僕と特別に気が合ったのか、休みになるとしょっちゅう遊びに誘ってきた。

観た映画は、もうタイトルさえ忘れてしまったけれど、当時流行っていた死者が蘇る系のイタリアかどこかのB級ホラーだった。

ガラガラの映画館の真ん中に陣取った僕らは、楽しそうにイチャイチャしているカップルに嫉妬の目を向けながら、映画の始まりを待つ間、体育のアホ教師の話題でヘラヘラ笑い合った。

場内が暗転して始まった映画は、ゾンビが意味もなく暴れ回るだけの、まあ見事なまでに酷い出来で、ちょくちょく出てくる金髪のお姉さんの裸のシーンだけが僕の目をスクリーンにくぎ付けにした。

こんな映画をデートに選ぶあのカップルも大概だなと内心呆れながらアクビをこらえていると、Kが耳元でささやいた。

「怖いから手を握っていてもいいか?」

僕は、この映画のどこに怖さの要素があるのかさっぱりわからなかったけれど、まあコイツは昔から繊細で怖がりだからしようがないとOKを出した。

Kは、おずおずと右手を、ひじ掛けに置いた僕の左手にそっと重ねた。それからエンドロールが流れ終わるまで、僕の手の甲をギュッと握り続けた。

映画が終わったあと、僕らは名画座の隣のファミレスに入った。安いパスタとドリンクバーを頼むと、Kはさっきの映画がいかに怖かったのかを、僕はさっきの映画がいかにゴミであったのかを力説しあった。くだらない馬鹿話の応酬も2時間を超えて、前からちょっと気になっていた店員の女の子の目もさすがに険しくなってきたので僕らは店を出た。

駅までの道すがら、僕らは馬鹿話の延長戦を続けたあと、「じゃあな」と互いに手を振って家路についた。


あれから10年が経った。
僕は地元の大学に進学し、そのまま地元で就職した。

先日、久しぶりに開かれた高校の同窓会は、Kが東京の超難関大学を1年で突然中退した後、新宿二丁目で働いているという噂話で盛り上がっていた。

それを耳にした瞬間、名画座の記憶やあの時のKの汗ばんだ手のひらの感触が鮮明に甦った。
僕は、その記憶が不思議と嫌なものではないことに戸惑いながら、噂話の輪からそっと抜け出した。

あの名画座はとっくに潰れてなくなった。
Kとの記憶もいつか消えていくのだろうか。

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