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【小説】 猫と手紙  第10話

第10話

家に帰ってからまたお酒を飲んだ。

何かにイライラしていた。

多分、トイレで聞いたあの冗談のせいだけでは無い。
きっと、自分にイライラしていた。
何本かお酒を空けると、グダグダになって寝転んだ。


 
僕は、幼少期の夢を見た。
 
母とカレーを作っていた。
あの頃は、よく母の料理の手伝いをしていた。
僕が手伝う時のメニューは決まってカレーだった。
僕がジャガイモの皮を剥いて、煮込んでいる時にぐるぐると混ぜる役だ。
一緒に作る時間はとても楽しかった。
最初は難しかった皮剥きも、段々と上達して母に褒められた。
母はカレーが出来上がると、
「世界一のカレーが出来た!」
「作ってくれたからすごく美味しい!」
と沢山、僕を褒めてくれた。

母はカレーを食べて幸せそうに笑った。

僕は、幸せだった。

母と作ったカレーも、本当に世界一の味だと思った。

「お母さんの為にまた僕が作ってあげるね」
母がほとんど作っていたカレーだったけれど、僕はそう言って張り切っていた。
もっと上手になって、母を喜ばせたいと思った。
 
ふと目が覚めると、夜中の2時だった。

無性にカレーが作りたくなった。

食べたくなった。ではない、無性に作りたかった。
カレーにこだわりがある訳でもない。
むしろあれから大人になってほとんどカレーを作っていなかった。
凝ったカレーなんて作り方が分からない。
市販のルーにジャガイモ、人参、タマネギ、牛肉。ただの普通のカレーで良かった。

僕は立ち上がり、キッチンに向かった。
冷蔵庫を開けてみたけれど、冷蔵庫はほとんど空っぽだった。

財布を手に取り、この間カレー屋にいく時に通った川沿いを歩き、家から少し離れた24時間スーパーへと向かった。


あたりは真っ暗だった。
夜風に当たり、酔いもだいぶ覚めてきていた。
けれど、スーパーへ黙々と歩いた。酔っ払っているから向かっているのでは無い。
強い何かに駆り立てられている様だった。

夜のひんやりとした風が吹き、夜風に吹かれて、木の葉がザワザワと音を鳴らしていた。
 
夜のスーパーはガランとしていて、いつもの見慣れた光景とは異なっていた。

夜中にこのスーパーに来るのは初めてで、その静けさになんだか別の世界に来た様な気分だった。

僕はカレーの材料だけをカゴに入れていった。
最後にギリギリ残っていた牛肉のパックを手に取った時、急に誰かに声を掛けられた。

「夜中にお買い物ですか?」

振り返ると、カレー屋で相席した彼女が立っていた。

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