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忘れにくく、思い出しやすい授業を目指して

衝撃的な発言

新型コロナウイルスが蔓延する前のある年、
市内中学校の数学科研究授業において
珍しく高校の先生方も研究協議に参加することがありました。

研究協議について簡単に説明すると、授業を参観した後、
どのように改善すればよりよい授業を構築できるかについて議論し、
意見交流する場のことをいいます。

私は旧態依然で、
ただ毎年行っているだけの研究授業や研究協議が苦手でした。
数学という論理的な学問を教えながら、
経験則を尺度とする議論が中心なので、
若い先生方ならともかく、
ある程度年数を重ねた先生方にとっては
あまり意味がないのではないかと感じていたからです。

ただ、この年は高校の先生方も参加することになったため、
どのような意見をもっているのか興味津々で研究協議に臨みました。
しかし、一部の高校教師・中学校教師の印象が強すぎて、
他の内容はほとんど忘れてしまうという残念な結果となりました。

高校の先生
「高校1年生に入学した生徒で、
 2次方程式の解の公式すら覚えていない生徒が多すぎる。
 中学校でしっかり数学を教えているのか?


という、中学校の数学教育に対する批判から始まり、
・教育論
・数学に対する思い
・現生徒の学習への取り組み方
・学力低下について
など、個人の見解を長々と演説されました。

この発言にプライドを傷つけられ、
憤然としている中学校の先生もいましたが、

私は

(あ~、この人、私とは考えている前提が違うんだなぁ。残念だな…)

と思い、
この先生は自分の経験則だけを大切にし、
原因を外に求めるタイプの人だから
意見してもかみ合わないだろうなと判断し、
嵐が過ぎ去るのを待っていました。

ようやく演説が終わった後、
私はどの話題に変えようかと思案していたら、
その発言になぜか便乗して

中学校の先生
「わかります。中学校も困っているんです。
 小学校で習ったことを全然覚えていないので、
 小学校の先生は一体何をしているのかと思ったことがあります。」


と続けた中学教師がいたので驚き、目が点になりました。

どちらの先生も、責任転嫁の発言で、

・高校の先生も大学教授に
 同様の感想(「高校できちんと教えているのか?」など)を
 もたれている可能性を想像しないのか?

・小学校の先生の中に
 私たちより素晴らしい実践を行っている人が
 たくさんいることを知っているのか?

・そもそも自分の力量不足は原因にならないのか?

など、私と同じように感じた先生方もいたと思いますが、
それよりもこれ以上、
不毛な議論が続かないように
周りの先生方と腐心したことを覚えています。

間違った前提


前述の先生は極端な例でしたが、
そもそも

〔授業で学習したことを生徒が覚えている〕

という前提自体が間違っているんです。

私たちの脳は

〔忘れることを得意としている〕

これが脳科学的に正しく、興味があること以外は

・授業内容を次の日に忘却していることが当たり前
・むしろ忘れているのは健康な脳の状態である

ということ、つまり教師は

〔生徒たちが忘れている、思い出せない状態〕

である場合が多いことを前提にして
授業を構築しなければならないということです。

偉そうなことを書き連ねていますが、
私もこのエビデンスを知らなかったときは、
前日の内容を忘れている生徒たちに
何度も苦言を呈したことがあります(反省…)。

このエビデンスを知ってから、
私は生徒たちにとって
少しでも習った内容を

・忘れにくい
・思い出しやすい

授業にするために、どのような工夫をこらせばいいか考えました。

忘れにくく、思い出しやすい授業


知識は
単体ではなく複数の情報と関連させて
覚えたほうが忘れにくく、思い出しやすいことがわかっています。
そこで私はまず、毎回の授業で行う板書を工夫しました。

PowerPointを使った板書

中学1年~3年までの授業内容のスライドを作成し、
数式や文字だけでなく、
イラストや動き(アニメーション)を組み込み

左脳(言語)と右脳(イメージ)

両方に働きかけることで定着力の向上を目指しました。

特に実験的に行ったのは、下のスライドのように
数学の知識とそのダジャレ画像を挿入することによって、
生徒たちの目から脳に情報が入り、

数学の知識+ダジャレ+画像

というように脳が無意識に情報を関連づければ、
思い出すきっかけが増えるのではないかという試みです。
つまり、

左脳で思い出せなかったら、右脳で思い出せるようにする

という、ねらいをもって実践を行いました。


これは中1の文字式の内容です。
負の数の代入はカッコをつけないと計算ミスをしてしまう場合が多いので、
恰好(かっこう)をつけている男の子の画像を添えています。

もし負の数の代入でカッコをつけ忘れたとしても、
ふと顎に手を当てたことをきっかけに、
カッコをつけること思い出せるのではないかと期待しました。

また、中2の連立方程式の計算で

加減法(かげん) ↔ 湯加減(ゆかげん)の画像
代入法(だいにゅう) ↔ 牛乳(ぎゅうにゅう)の画像
分母をはらう ↔ ブンブン飛んでいる虫をはらう画像(ブンブンはらう
係数をそろえる ↔ 靴をそろえる画像

などのダジャレ画像を添えています。
お風呂に入ったときにふと加減法が想起されたり、
給食で牛乳を飲むときに代入法が想起されたりすれば、
脳の中でアウトプットが繰り返されるので、
忘れにくくなるのではないかと期待しました。

こんな感じで中1~中3までのスライドを作成しましたが、この試みは

画像と知識を脳が無意識に関連づけることに頼った方法(無意識の力

なので、本人の学習負担は、ほとんどありません

ただ、ダジャレ画像を選出するのは、かなり大変で、
無理矢理、意味をこじつけて挿入した画像も多々あるので
少々不安なところはありますが、
(今見たときに、なぜその画像にしたのかわからないものもあります…)
退職するまでの数年間、
このスライドで授業を行いました。(『いらすとや』さんに感謝!)

実践の効果については、
画像なしのスライドによる授業と比較実験したのではないので

わかりません…

というのが本音です。

ただ、

生徒「先生、これ(画像)どういう意味ですか?」
 私「あ~、これは○○という意味です(笑)」
生徒「なるほど(笑)」

というような質問があったり、

家で解けなかった問題が、
授業のスライドを見た瞬間に解き方をひらめいたという生徒も
いたりしたので、少しは効果があったのではないかと考えています。

私は授業中、
ダジャレ画像について全く説明せず
生徒たちの視覚から入る無意識の情報処理
それぞれの脳に任せていただけなので、
上記のようにダジャレ画像の説明をしておけば、
より効果があったのではないかと思いました。
現在YouTubeで投稿している数学の授業動画にも
ダジャレ画像を載せていますが、
尺の関係でダジャレ画像について何も説明していません。
「どうなのだろうか?」とやきもきしています。

リズム・語呂合わせ

ダジャレ画像による授業は日々、継続的に実施しましたが、
他にも単発の授業内容として

・知識をリズムで覚える
・知識を語呂合わせで覚える

などの方法も実践しました。

例えば、中学3年生の乗法公式を

という式自体を覚えて計算するのではなく、

「2乗→たして→かける」というようなリズムで覚えるように
指導したほうが、はるかに計算力が向上します。

また、展開、平方根、2次方程式などで活用できそうな2乗の数を

144=12の2乗 

144(イーシーシー)=12(ジュニ〇)の2乗

というような語呂合わせで覚えると大半の生徒は忘れることはありません。

ただ、こんなにマッチするリズムや語呂合わせは、
そうそうないので継続的に授業に取り組むのであれば、
かなりの努力が必要になります。

まとめ


他にもいろいろなことを試しましたが、

忘れにくく、思い出しやすい授業

の構築は教員にとって永遠のテーマです。

学習に関するエビデンスは様々あるので、
教育現場も経験則だけを重視するのではなく
科学的に研究する雰囲気がもっと広がれば、
基本、教員は真面目な方が多いので
劇的に学習効果が上がるのではないかと思います。

最後に矛盾することを書きます。

教える立場にある人は
「脳は忘れることを得意としている」ことを忘れないことが大切です。

参考 受験脳の作り方 池谷裕二箸
   脳が認める勉強法 ベネディクト・キャリー著

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