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田舎者の空

ギリギリで電車に乗って、ドアの近くにいました。
一駅目で何人かが降りていった時、よろめいて手すりに掴まろうとしたら、降りようとした人の邪魔になったらしく押しのけられました。私を押しのけたその人は、何事もなかった顔でエスカレーターを降りていきました。
何とか踏ん張った私に、隣にいた帽子にマフラーの粋な男性が小さく会釈をしてくださいました。そこで少しほっとして、その後、嫌だったとか不快だったとかそういうのじゃなく、私は恥ずかしくなりました。
だって、押しのけられたその瞬間、私はとっさに自分の持っていた硬い鞄を大きく揺らして、その人に当たればいいと願ってしまったから。


私たちは、人が集まって街が出来ていることも、忘れがちになっているみたいです。
一対一で向かい合う時は慮る気持ちとか思いとか。そんなものは隣で吊り革に捕まっている人にはないかのように、つい振る舞ってしまう。疲れ切って乗った電車の中で、自分が座ることだけを考えてしまう。
そんなことが都会に慣れるっていうことなら、私は都会に染まりたくないなって考えてしまいました。他人に気持ちがあるってことを忘れずに暮らしていきたいんです。私はいつまでも田舎者でいい。
だって、私の鞄にぶつかって「避けりゃあいいのに」って聞こえるように言ったおばさんが、幸せなようにも気が晴れたようにも見えなかったから。


東京で一ヶ月暮らしてみて、だいぶ都会のことが分かったような気がします。
人がたくさんいるって、良いことだけど困ったことでもあります。
人は確かに、多くなるほど物に見えてくる。中島みゆき様が歌っていることは正しいです。でも私は、その中で生きてみたい。物に見える他人たちが、気持ちを持っているってことも忘れずに。
電車の中でぶつかられても殺意を持たないこと。押しのけてまで走らないこと。分からない人を馬鹿にしないこと。私はそれだけ持っている、田舎者としてこの都会で生きていきたいんです。


東京にも空があります。どれだけの人が見ているか分からないけれど。でも、とにかく、都会にも、空があるんです。
私はその空を見上げて生きる。田舎で見ていた空と同じだと信じて、この都会で生きていきたいんです。



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