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花奏 希美
2024年7月20日 19:24
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2024年7月20日 19:54
序章:赤名紗羅「お前、真っ黒だな」 真っ白な群集の中でただ一人、彼はあたしに声を掛けた。 本日最後の授業を終え、教室へ戻ろうと理科室から出て、緋色に染まり始めた太陽に照らされる廊下を歩いていた時だった。 新学期に転校してきて、学園生活二週目。クラスメイト以外に話し掛けられたのは初めてだった。知らない顔だ。他のクラスでも見ていない。周りの同級生が様子を窺がいながら少し距離を取って追い越し
2024年7月20日 19:55
1ー1:赤名紗羅 1 己の消失とともに、全てを焼き殺そうとする残暑が立ち込めているであろう窓の外。開けたら蝉の鳴き声も聞こえるかもしれない。だが、中学でもエアコンが完備されていて暑さとは無縁の校内で、わざわざそんな愚行に走ろうとは思わなかった。 眩し過ぎる日の光に耐えられなくなったのか、窓際の席の生徒がカーテンを閉める。 転校生は窓際の一番後ろの席になると思っていたのに、あたし
2024年7月20日 23:58
2 全ての授業を終え、一度寮に戻って服を着替える。制服のまま外に出ると誘拐される恐れがあるから、必ず私服に着替えるのが桜ノ宮の常識らしい。護身で武道を習う人もいるくらいだ。蓮は柔道をやっているらしい。 頭にこれから赴く場所の光景を思い浮かべる。 それに不釣り合いの、ジーンズ生地の短パンを穿く。トップスもカジュアルな物を選ぶ。可愛らしい服装をしても、何の意味も無い。ただ惨めな気持ち
2024年7月20日 23:59
3 結局今日も進まず動かずの関係で、決してデートとは言えないお茶の時間を過ごした。 恋人には見えない会話を続けながら、女子寮まで戻って来た。蓮は必ず、あたしをここまで送り、女子寮の門を通るのを見届けるまで、その場を動こうとしない。 先日まで、言動のわりにこういうところは紳士なのだと感じていたけれど、カフェでの一言を聞いて改めて考えてみると、捉え方が変わってくる。自ら命を絶ってしま
1ー2:矢切蓮 1 イライラする。 身体が痒いような、ヒリヒリするような、どうしようもない苛立ちが全身を支配していた。 親父が俺に期待していないのは知っていた。一つ上の兄貴が居れば十分だからだ。 この兄貴がどうしようも無い落ちこぼれなら、親父の期待は俺に一心に注がれていただろう。 だが現実は違う。理想を絵に描いたように完璧で優秀な兄貴が居れば、次男に用は無い。 自分の存在
2024年7月21日 00:00
2「遅刻よ」 彼女の腕時計の長針は約束の時刻より三分過ぎていた。 先に席に着いていた珠莉がムッとした表情で見上げてくる。小柄な彼女が椅子に座った状態でそうすると、自然と上目遣いになる。 大きな目、上を向いた長い睫毛、小鹿みたいな足、ほんのりバラ色に染まった頬、ウェービーロングヘア。小さくて、守りたくなる、可愛いを詰め込んだような彼女は、「女王様のティールーム」の名がついたカフェ
2024年7月21日 00:01
3 珠莉と分かれて寮に戻る道中、彼女に渡すプレゼントについて考えた。 婚約指輪なんて、さすがに贈れない。珠莉本人の意志も確認しないといけないし、両家の承諾が必要になる。まだ話を大きくする気は無かったし、珠莉に自分の出自を話す勇気も無い。 だが、恋人である以上、プレゼントを贈るならばそれなりの物がいい。 ネックレスがいいだろうか。彼女の華奢な手首にはブレスレットも似合うだろう。
2024年7月21日 00:02
2ー1 前編:赤名紗羅 1 地獄花はあたしを置いて先に地獄に行ったのか、花は枯れ、鮮やかさはとうに失われていた。 代わりに金木犀の香りが立ち込め、秋の訪れを感じる日々だ。 制服も、白のワンピースから黒へと替わった。蓮からさんざん似合わないと言われた夏服は、来年までさよならだ。かといって冬服は似合うと言われたわけではなく、今度はワンピースよりもセーラー服の方が似合っていたと言われ
2 行く宛てなんてないのに、逃げ出したいという願望は自然と足を外に向かせた。手入れの行き届いた芝生に所々ベンチが置かれた立派な中庭には、今日も何人かの生徒で賑わっていた。昼休みの時間だからか、昼食を摂る人以外に、バドミントンをしたり、ベンチに腰掛け談笑を楽しんだり、過ごし方は様々だった。その様子を、校舎の日陰になっている隅で眺めた。 あたしがこの学園に居るのがイレギュラーなのは自覚
2024年7月21日 00:03
2ー2 前編:矢切蓮 1 制服が色を変えた。この時期のネクタイはダルいし俺には似合わないから、外して生活している。それを注意されないのは家柄と成績、どちらが影響しているのか。高等部のグレーのネクタイならまだ似合うはずだから、一年中ちゃんと着ける予定だけど。 珠莉の他に女が居るのではないか、なんて余計な疑惑を持たれるきっかけになった花屋なんて、二度と行くわけない。そう思っていたの
2024年7月21日 00:04
2「ちょっと、誰よその女」 いつものカフェで、珠莉に最近妙に機嫌がいいと指摘された。 そんなの、珠莉に会うからに決まっているのに、ここへ来る前にいいことがあった、という雰囲気なのだと言う。 そこで思い当たったのが、晴実だった。連絡先を交換したから、彼が店を手伝っている時は、必ず寄っている。寄るだけ寄って、彼と話してから珠莉に会いに来ていた。「晴実は男だって」「浮気してるだな
2ー1 中編:赤名紗羅 理科室から戻って来て教室へ入ろうとしたら、見覚えのある人物が廊下にいた。その人は別のクラスの久我君と話している。久我君は現実離れした綺麗な顔の男子生徒で、違うクラスなのにすぐに名前を覚えた。彼よりも数センチ背の低い、その人物がこちらを振り向いた。 先週のこの時間に会った、神宮寺さんだ。思わず目を逸らして足早に教室に入ろうとしたら、「ねぇ」 声が聞こえてきた。それは
2024年7月21日 00:05
2ー2 中編:矢切蓮 1 一週間後、早めに寮を出て、晴実のところに寄った。もはや彼に会うために行動を開始する時間まで変えている自分に呆れていた。 だけど彼の顔を見ると、不思議と「来てよかった」という気持ちになる。「今晴実の所為で彼女と喧嘩中なんだけど」「曲創ったの? 歌ったりした?」「いやどっちもしてねーよ」 晴実はおかしそうに笑った。 この話題がまた出されるとは思って