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緋色の花②

序章:赤名あかな紗羅さら

「お前、真っ黒だな」
 真っ白な群集の中でただ一人、彼はあたしに声を掛けた。
 本日最後の授業を終え、教室へ戻ろうと理科室から出て、緋色に染まり始めた太陽に照らされる廊下を歩いていた時だった。
 新学期に転校してきて、学園生活二週目。クラスメイト以外に話し掛けられたのは初めてだった。知らない顔だ。他のクラスでも見ていない。
周りの同級生が様子を窺がいながら少し距離を取って追い越していく。その行動から想像すると、目の前の人物は先輩かもしれない。
 彼の言う「真っ黒」とは、あたしの着ている制服を言っているのだろう。
「……新学期に転校してきたんですけど、手違いでサイズ違いの制服が届いて、前の物を着るしかなかったんです」
 周りは皆、一様に白の制服を身に纏っている。
 高潔な者の象徴であるかのような白のボレロに、黒のワンピースの組み合わせが冬服。夏服は白のワンピースとなるこの学園で、上下ともに黒色のセーラー服は、転校初日から目立っていた。おまけに赤いスカーフが黒い制服によく映える。
 一週間もしないうちに、同級生のほとんどから顔と名前を覚えられてしまったくらいだ。白鳥の群れに迷い込んだカラスのような気分だった。
「気の毒だな」
 そう言うわりに、口元には愉快な三日月が現れていた。
 これだけを言うために、見ず知らずの女に馴れ馴れしく話し掛けてきたのだろうか。不愉快極まりない。しかも、立ち去る様子もない。
 スッと伸びた鼻筋、どこか色気を感じる唇、涼し気な目元。夕暮れ時の日を浴びて、髪は黄金おうごんに輝いている。黙っていれば王子様に見えなくもない。が、それは顔だけの話。
 まだ一週間しかこの学園で生活していないけれど、彼の言動はこの学園には似つかわしくない。この学園以前に、初対面の相手をお前呼ばわりするのも、相手を馬鹿にするような笑みも、そもそも何の脈絡も無く不躾に話し掛けてくることも、全て不愉快でしかない。
 お返しにと思って、こちらも訊ねる。
「白、着ないんですか?」
 夏場は男子のシャツは黒ではなく、白を着用するはずだ。なのに、目の前の彼は黒いシャツの袖を七分丈になるまで折っている。スラックスも冬服のダークグレーだ。
「新学期になる前に汚しちまったから、新しいの取り寄せてるとこ」
 腕を頭の後ろで組みながら、平然と答えた。あたしより十センチくらい高い位置から、見下ろすような視線を向けられる。
 それだけで、あたしとここに居る者達との、格の違いを思い知らされる。
 普通の人よりも上の立場に居る者、人を使う側の者、それに見合う格を兼ね備えた者……。
 こんな態度が取れるのも、先輩だからなのか、それとも彼の家柄が関係しているのか……転校したばかりで相手が何者かもわからないあたしには、判断ができなかった。
 窓から差す陽光は、手で遮るくらいには眩しかった。緋色を宿し始めた日輪を背にした彼の顔が、薄闇に隠れる。
「一緒だな。俺達」
 黒を身に纏ったあたしを見て、さらに綺麗な三日月が向けられる。
 無邪気に笑うそのサマは、まるで――悪魔だった。

   

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