お箸のもち方
「金曜日の夜暇?飲み行こうよ」
懐かしい人からのラインだった。
私は高校生の頃、Twitterを利用してわりと気軽に人と出会っていた。
当時私は病んでいて毎日死にたいと思っていたし、現実から逃げ出したいと思っていたし、自殺未遂をした事もあった。
学校は行くけどすぐ早退したり、休んだりを繰り返していた。
学校にも家にもその頃の自分にとっては居場所がなく感じていて、現実では関係の無い、関わりの無い人に出会うことでいつか自分が現実から開放されるんじゃないか、そんな期待があった。
そんな私が出会った一人がR君だった。
彼は私の3歳年上で、当時専門学生だった。
Twitterで仲良くしてくれていた彼は、顔も可愛く、兄弟が多いせいか年下の私にとても優しく接してくれた。
私の日々の呟きを見てご飯に誘ってくれ、カラオケとかにも連れてってくれた。
今思うと専門学生だって大してお金も無いだろうに、いつだって気を使ってくれていた。
何がきっかけだったか覚えていないが、祖母と喧嘩をして家を飛び出し、彼に今日は帰りたくない、と訴えたことがある。
彼は困った顔をしていたが、私をラブホテルに連れていった。
私はR君のことが好きだったし、(それが恋かは置いておいて)行為に及んでもいいと思っていた。
しかしR君は君はまだ高校生だからそういう事はしないよ、とお風呂は一緒に入ったものの、それ以上のことは何もしなかった。
その後彼は就職して忙しくなり、私も彼氏ができたりして会うことも減っていった。
彼が就職して少し経った頃に、久しぶりにご飯に誘われた。
半個室の少し良いお店だった。
彼は私にお箸の持ち方を注意した。
私は普通に育ちが良くないので、特に箸の持ち方を正したことはなかった。
「社会に出ると、そういう些細なことで人は人を評価する。そうなる前に、君のために直しておいた方がいい」
そんなことを言ってくれた。
私はそれから箸の持ち方を気をつけ、今では完璧に使いこなせてはいないが傍から見ると正しい持ち方に見えるような感じに扱えるようになった。
R君、お箸ちゃんと持てるようになったよ。
そんな報告をした。それ以降R君に会うことは無かった。
そんな懐かしい彼からのライン。
たまーによくわからない連絡はきていたものの、彼の近況は知らないので元気そうで良かった。
私は土曜日も仕事なので金曜日は無理なんだと断りを入れた。
今何してるの?
彼に聞いてみる。
今はホストしてるよ〜。大きいグループに所属しててさ、先月はあと5万でナンバー入れそうだったんだ。
私の心のシャッターがピシャリと閉じた。
君に営業かける気はないよ!取り繕うように告げられたがそのあとに続く言葉がすべてよく見るホストの営業常套句にしか見えなかった。
私は彼に、「さよなら、幸せになってね」と送り、心の中でお箸の持ち方を正してくれたことに感謝を告げ、ラインをブロックした。
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