防大卒業式

それぞれの明日 SS0023

卒業式 2019/3/14

「──諸君は、平成最後の卒業生と──」
 自衛隊の最高指揮官である首相の訓示が、防衛大学校の講堂に響いている。

 俺は幕に掲げられた日の丸と校旗を見上げながら、四年間の学生生活を思い出していた。
 苦しいこと、辛いこと、哀しいこと……。俺は思わず苦笑いをこぼす。楽しくすばらしかったことも多いはずなのに、今、胸をよぎる愛しい想い出は、きつかったことばかりだ。
 自衛隊員として多くの友と過ごした日々は、かけがえのないものだった。同じ釜の飯を食い、二十四時間、共に泣き、共に笑った。

 その中でも一番の友が、答辞を述べ始める。
その自信に満ちた凜々しい横顔を見ながら、俺はこぶしを握り締め、唇をかみ締めた。

 四年前の着校日に同じ部屋になってから、常に一緒だった。ぶつかり合いながらも絆を深めた。何でも相談できるバディでもあり、しのぎを削り合う最大のライバルでもあった。
 慣れぬ団体生活の中、上級生の指導に耐え、二年次には同じ陸上要員になり、地獄のカッター競技会を乗り越え、開校祭の棒倒しに熱狂し、断郊競技会では同じチームで優勝した。
 四年次には、お互い問題ごとに巻き込まれたが、今日ようやく、卒業式を迎えた。
 昨晩も遅くまで友と話した。最後には泣き出した友を、なだめることしかできなかった。

 なじんだ学生歌が流れ始める。「海青し 太平の洋(なだ)──」学生として歌う最後の機会だ。歌詞をかみ締めながら口ずさむ。

 友が解散の言葉を、力強く口にし始めた。みな正帽を持つ手に力がこもっている。俺も右手に持つ正帽を見つめる。
「──六十三期、解散っ」
 怒濤のようなうなり声と一緒に、四百五十近い正帽が、講堂に舞う。みな出口に向かい全速力で駆け出してゆく。

 俺は正帽を手にしたまま、舞台の袖から彼らを見つめた。任官を辞退した四十九名の内の一人である俺は、あの場に立つ資格はない。
 友たちはこれから、各自衛隊の制服に着替え、任命式を迎え、『服務の宣誓』をして若き自衛官となる。
 俺は学生舎の居室に戻り、くたびれた私服に着替え、昨日、校長室でひっそりと授与された卒業証書を丸めて、かばんに放り込んだ。
 外から観閲式の歓声が聞こえてくる。四年間親しんだ正帽をベッドの上にそっと置いた。


「おい、待て」
 裏門から青春の地を去ろうとしたところ、後ろからなじんだ声が聞こえた。振り返ると陸上自衛隊の制服に陸曹長の階級章を付けた友が、立っていた。まぶしい姿に目を細める。
 俺が自衛官の道に進まないと宣言した日から、友とは何度も何度も話し合った。今更話すことはもうない。俺は、歩を再度進めた。
「お、俺は──」友の震える深刻な声が、背中に投げられる。俺は唇をかみ締める。
「お前を護れなかった……。すまぬ」
 俺は振り向いて息を吐いた。問題を起こしたけじめとして、誰かが責任を背負わねばならかった。仕方がないのだ。
「いいか、俺が辞めるのは、俺の意志だ。誰も関係がない。お前のせいでもない」
 実直な友の顔がゆがむ。襟の金色の幹部候補生徽章が、春の陽射しを受けて輝く。
「それにな、俺はお前がいるからこそ安心して自衛隊を去れるんだ……。任せたぞ」
 友はうなだれて黙り込んだが、やがて顔を上げ気を付けをし、見事な挙手の敬礼をした。
「武運を祈る」
 友の声に心の中で答礼をし、俺は背を向けて、それぞれの明日への道を歩き始めた。

第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞して自衛隊ミステリー『深山の桜』で作家デビューしました。 プロフィールはウェブサイトにてご確認ください。 https://kamiya-masanari.com/Profile.html 皆様のご声援が何よりも励みになります!