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死の宣告を受けたAからの伝言

「死ぬとわかっているのに、なぜ生きようとしないといけないのか?」

行政の中でも
人に恨まれることが多い仕事をしていた自分は
「殺す」「潰す」「人殺し」と相手から罵倒されることがしばしばあった
仕事と割り切っていたので
そのような言葉を言われても
悩んだり、傷つくことは殆どなかった

しかし
あるケースで関わったクライアントから
文頭の問いかけを受けたとき
何も答えることができなかった
それが今でも頭を離れないでいる

僕は市役所時代、ケースワーカーとして生活保護生活困窮者自立支援の担当を3年間していた

26歳の時、夕刻になり、あるエリアの民生委員から連絡があった
“緊急案件”とのことで、急いで現場に向かった

民生委員と待ち合わせて
対象ケースA(若年層、一人暮らし)の自宅を訪問
夜になり、辺りは真っ暗
外から見ると電気は点いておらず
中の様子を窺うことはできなかった

“緊急案件”というワードしか聞いていなかった自分は
全く現場に到着するまで状況が把握できずにいた

ノックをするも反応がない
ドアを開け、電気を点ける
酷い異臭、物が散乱しており
壁は何かで切り裂いたような形跡があった

「尋常じゃない...」

そう思ったとき
奥の部屋から人の気配がした

中に入ると
壁にもたれかかるように座り
顔は蹲って見えない状態
周りには、乾いているが血を吐いた形跡がいくつか残っている
全身が震えているように見えた

「自分はもうすぐ死ぬんです、ほっといてほしい…」

部屋に入るなり、Aはそう言った
精神的に衰弱している様子だった

民生委員に話を聞くと
仕事に数年就いておらず
地域との付き合いもない
過去に家族や近所とトラブルがあって以降
ほとんど外に出ない
誰とも交友がない生活を送ってきたようだ

血を吐く症状があったり、全身の痛みがあったりしたことから
Aが民生委員に相談し、近くの病院を受診
検査をしたところ、余命が残り少ないことを宣告されたらしい
主治医より入院を勧められたが
収入がないAは医療費を支払えない
生活費も底をついている状況だった

そこで民生委員より生活保護申請をした方がいいのではないかとAに提案したが
Aは申請を拒否
状況に困った民生委員より市役所へ連絡があった、という流れである

「もうすぐ死ぬとわかっているのに、どうして生きようとしないといけないのだ。1日でも生き延びることに何の意味があるんだ?」

Aは涙を流しながら強く言葉を放った

市役所に入って
債権回収や生活保護、生活困窮者自立支援の仕事をしていると
普段日常生活で会うことのない特殊なケースに遭遇することが多い

罪を犯した人
裏社会から抜けた人
信頼する・愛する人に裏切られた人
夜逃げしてきた人
親から見捨てられた人…etc
色々な人の目を見てきた

そんな中でも
Aは今まで見たこともない、感じたこともない
悲しい目をしていた
ずっと目を合わせていたら
その深い悲しみに自分も飲み込まれてしまうのではないかという恐怖もあった

部屋を見渡すと
綺麗に保管されているとトロフィーがあった
部屋中、物が散乱して汚れている中
そのトロフィーだけが大事に手入れしてあることが
頭の中に引っかかった

「あそこのトロフィーは何かの大会で優勝したものですか?」
僕が尋ねると、Aの顔つきが少し変わった
少し間が経って
「あれは…小学校の時からずっとやっていた○○○(スポーツ)の大会で初めてもらったトロフィーだよ。生まれて初めて誰かに褒めてもらって嬉しかったな…生きてきた中で唯一の勲章だよ」

そこから
○○○を通じた
学生時代のこと
社会人になってからのこと
笑顔とまではいえないが、時々口元が緩んだ表情で
Aは色々話してくれた

安易に励ましや
未来に希望を抱かせる言葉を
相手に投げかける
Aの置かれている状況や精神状態で
それは違うと思った

暗闇から急に明るい所に出ると
目が眩しく感じるように
深い悲しみに支配されている人に
大きな光を照らすような言葉を放っても
それは毒を与えるようなもの
自分ごとに捉えることはできない

光ではなく
蝋燭のような小さな灯

それくらいが丁度いい

今回のケースであれば
普段人と話す機会や交流がなかったAと
何気ない普通の話をする、Aの好きな話をする

直感だけど、それが一番な気がした

Aの話を聞き始めて1時間くらい経過した時点で
「生活保護の申請ってどうやるんですか?」
Aから初めて手続きに関する質問があった
制度や手続き、メリット・デメリットについて説明をし
生活保護の申請をする意思表示をしてくれた

誰もいない職場に戻り
翌日には生活保護が決定できるように資料作成
作業するためにPCを開く

だが、作業しようにも
手が動かないのだ
頭が回らないのだ

どうして?
早く資料を作成しないといけないのに…
圧倒されていたのか?

ソーシャルワークの現場において
クライアントに対して不安を与えないために
どんなときも自分のマイナス要素を出さない
そう心に決めていた

多くの現場を経験してきていたから
その点は問題ないと思っていた
しかし、今回は違った
死が迫ったAの発する威圧感に圧倒されていたのだ
無理して平静を装っていた自分は
誰もいなくなってから
手が震え出し
思考が停止していたのだ

目の前に死が迫っている人を相手にするのが初めてだったからかもしれない

翌日、無事に生活保護が決定し、Aは入院
主治医やMSW(Medical Social Worker)と面談を行い
こちらの把握している状況を共有した

しかし、治療も虚しく、数日後、Aが亡くなったとMSWから連絡があった
Aから亡くなる直前に
「担当の人にお礼を言っててほしい」
伝言をお願いされたとのこと

どれが正解なんてわからない
ソーシャルワークをしていく中で
モヤモヤすることばかりだった

それでも
クライアントの心の中に響いたり
届いたりするものが少しでもあるのならば
結果がどうであれ
その人と向き合った時間は無駄ではなかったのではないか

Aからの伝言は
6年経った今
編集者の道を歩もうとしている自分に対し
人と向き合うこと
その中で自分・相手が発する言葉について
再度問いかけをしている気がしてならない...

※注 Aさんの性別、病名、経歴、住んでいた場所などが特定されないように抽象的な表現で書いている部分が多いと思いますが、ご理解ください

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