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掌編小説【失恋保険】

これで通算100度目の失恋である。
幼稚園から数えて、現在26歳。
バレンタインデー迫る今日、それは突然やってきた。

「悪いけど俺と別れてくれる?」

3つ上の晃はカフェで落ち合うなり、こう切り出した。

「どうして?私たちまだ2ヶ月と2週間しか付き合ってないじゃない 何か不満に思うことがあるなら言ってよ!私直すから!」

晃はため息をつき、私から目を逸らし、今まで見た中で一番冷たい表情でこう言った。

「そういうところだよ、里奈 すぐ感情的になる、俺の話を聞こうとしない、そういうの疲れたんだ」

そういうと何も注文せず私を置いて店をでた。
店を出て駅の方向に歩き出す晃はスマートフォンで誰かと通話を始めたようだ。

店員が気まずそうに注文を取りに来たので、アイスティーを頼んだ。

「里奈さん、ファイトです」

彼女にこのカフェで失恋を見届けられたのは何度目だろうか。毎度情け無い。

彼女はアイスティーにレモンを通常より多く入れてくれた。
今こういう優しさが一番つらい。
私はアイスティーを一口飲むと堰を切ったかのように涙が溢れてきた。

レモンなのか涙なのか口の中は酸っぱい味でいっぱいになる。

幸せになりたい 幸せになりたい 幸せになりたい
幸せになりたい 幸せになりたい 幸せになりたい


カフェを出て、アーケード街に出ると人でごった返していた。土曜日のお昼時、家族連れやカップルが目につく。
なるべく誰とも目が合わないよう上へ視線を向けた。

【失恋保険】
一階が靴屋の雑居ビルの2階の窓にその四文字の貼り紙が見えた。

失業保険なら聞いたことがあるけど失恋保険?
何度も目を凝らしたが失恋保険であっているようだ。

気がつくと私は吸い込まれるように雑居ビルのエレベーターの2階のボタンを押していた。

「ようこそ、お越しいただきましたぁ 私、失恋保険プラン担当の関水と申しますぅ」

その男はやたら声が大きくて、ザ営業マンという口調で私を迎え入れた。
年は私と同じくらいだろうか。

私がどうも、と挨拶をすると整髪料で固めた髪の毛を手で整え、黒縁の眼鏡をかきあげた。

「差し支えなければで構いませんが、失恋歴を簡単に教えていただけますでしょうか」

私は幼稚園から今にいたるまでの失恋歴を関水に語った。
関水はなるほど〜作用ですね〜と大袈裟な相槌を打ちながら私の話に耳を傾ける。

「ご安心ください!鈴木様、この保険は補償開始以降の失恋に対して手厚く補償がございます!恋人から別れを告げられた際に一時金として20万円。振られた後のアフターフォローとしてお仕事を休まれた際に一日5000円の補償をいたします。」

私は申し込み書に印を押した。

「こちら重要書類ですので必ずお目を通しください。それにしても鈴木様は恋愛体質でいらっしゃるんですね 羨ましい」

大袈裟な口調は社風なのだろうか、鬱陶しい。

「羨ましくなんてありません 私が好きになる人はすぐ私の元を去るのです それでも私は懲りずにまた人を好きになります どの失恋も私にとっては同じくらい悲しい出来事です」

私が早口で捲し立ててしまったせいか、関水は少々面食らったようだった。

「人を好きになれることはとても尊いことです。
私は人を好きになったことがありませんから 少々鈴木様が羨ましく思えるのです」


補償が開始してまもなく、私は彼氏が出来た。
街コンで出会った2つ下の男の子だ。
今までの彼氏は年上か同い年ばかりたったので、
なんだか新鮮だった。

彼は学生時代の友人たちとバンドを組んでおり、会社勤めと兼業をしているので、なかなか会える日が少なかった。
たまたま休みが合った日は私の部屋で過ごしたり、
ホテルで過ごした。

ある日、彼のバンドがメジャーデビューをすることになったらしく、楽器の新調やスタジオを借りるお金を貸してほしいと頭を下げてきた。

彼には頑張ってほしいし、成功してほしいので私は喜んで30万円を渡した。
彼はありがとう、助かる、頼れるのは里奈ちゃんだけだよと私を抱きしめてキスをした。

が、その日から彼との連絡は途絶えてしまった。
こちらから連絡を取っても返信がなく、よく通ってると言っていたスタジオやライブの後打ち上げをするというバーに行ったが彼はいなかった。

察したバーのマスターが私に一杯のカクテルを出す。

「お客さん、もしかして輝樹の彼女だったりする?」

マスターは耳たぶに大きなピアスを開けた強面の見た目とは裏腹に声や口調はとても優しかった。

「輝樹?その方は存じあげません。私が探しているのはこの方です」
二人で撮ったツーショットの写真をみせると
マスターはため息をつきまたあいつ、と舌打ちをした。

私が探していた彼氏の大和は、私の他に以前から複数の女と関係を持ちお金を借りていたそうだ。
名前や職業もその都度変えており、マスターですら彼の素性はわからないと言う。

私はこの店で一番強いカクテルを追加で注文した。

「誠に残念ではございますが…今回の案件ですと、補償がおりません 」

関水はものすごく申し訳なさそうな表情を大袈裟につくって見せた。

「何故です?補償が開始してからの恋愛は補償の対象なのでしょう?」

関水は重要書類を取り出して私に見せた。

「こちらにも記載しております通り、明らかな犯罪に対しては補償がおりないのです 住所も定かではなく名前まで偽名となると、こちらは失恋の前に詐欺事件に抵触する案件です 鈴木様は警察には連絡しましたか?」

「しておりません 」
恋も失い、お金も失い、補償も受け取れないなんて酷すぎる。

「警察に連絡しないのは何故です?」

「一度でも付き合って愛した人を犯罪者だなんて思いたくないです 彼のことは頑張って忘れます お金も戻ってこなくていいです 彼が、彼のバンドが成功すれば…」

この後に及んでこんなに甘いことを言っている自分が情けなくて泣けてきた。私はまだ彼を信じたいのだ。

関水はアイロンをびしっとかかっているストライプ柄のハンカチを私に差し出した。

ハンカチは柔軟剤の柔らなフローラルの香りがした。それを目にあて、鼻水も拭いた。

「こんな時に恐縮ですが、鈴木様。私とお付き合いいただけませんか?お付き合いというのはその、男女交際という意味でして」

関水にしては珍しく自信なさげな言葉尻だった。
せっかくの告白だが私の鼻水は空気を読まない。
どんどんハンカチが濡れていく。

「あなたを見ていたら、私も人を好きになりたいと強く思うようになりました。どうか私とお付き合いしていただけますか」

関水は90度のお辞儀をした。

「私で良かったら…」

3年後私と関水は結婚し、婚姻後は失恋保険は満期となり、解約となる決まりだった。

関水は保険会社を辞めて、今は証券会社に勤めている。大袈裟な喋り口調は相変わらずのようだ。

そして関水は私を一番に愛してくれ、とても心穏やかな毎日だった。
友人にも、やっぱり女は愛された方が幸せよと言われた。

私の失恋人生もようやく終わったのだ。

ただ時々、想うことがあった。
ふと、人を好きになる時の盲目なあの衝動を思い出すことがある。

この人が好き、好きでたまらないという気持ち。

関水は優しいし、私のことを一番に考えてくれる。
私も彼を愛している自信はある。

ただもう一度だけ、恋焦がれるような恋愛をしてみたい。

ある日郵便受けを見ると、以前加入していた失恋保険の保険会社から封書が届いていた。

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私はすぐに申し込み用紙を記入し、ポストへ投函した。

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