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嫌われるのがマスコミの仕事

上島竜兵さんの死の当日、自宅に押しかけたといって、マスコミが批判されている。無神経だ、と。

最近、こういうことが増えてきた。

記者というのは本来、嫌われ者だ。厚かましく、どこにでもズケズケと土足で入り込む。人の話したくないことを聞き出すのが仕事だ。

前にも書いたが、特ダネというのは、たいがい犯罪スレスレの行為からしか生まれない。盗み聞きしたり、書類を盗んだり、守秘義務違反をそそのかしたり。

まともな仕事ではない。記者というのは、昔からそういうもので、だから昔から疎まれた。

「正義の味方」みたいに見せたがるやつが出てくるから、ややこしくなる。

そういうのはたいがいサヨクの活動家で、そのイメージで社会的影響力を行使したいという党派的意図がある。

あるいは記者が芸人化して、人気者になろうとしているのか。

欧米の映画やドラマでも、記者は「嫌なやつ」に描かれることが多いと思う。日本のドラマでは、いいやつに描く傾向がないか。そっちが間違いだ。


そういう嫌われ者が、社会には少し必要だという共通認識が昔はあったのだ。

被害者の気持ちを考えろ、とか言われても、同情するのが記者の仕事ではない。

戦場取材で、目の前で人が殺されるのを冷静に記録するのが記者の仕事だ。なぜ助けない?と言われると困る。助けないのが正しい。

記者というのは、「透明人間」になって、その場にいる。被害者側にマイクを突き立てる記者も、上島さんの自宅前に行った記者も、基本的には「透明人間」になっている。いや「人間」ですらなく、「気持ち」は捨てて、記録マシーンとしてそこにいる。「気持ちを考えろ」とか言われると、困る。

どんな修羅場でも、一人くらい、その場で「マシーン」になる人間がいないと、記録が残らない。

「アウトレージ」で、抗争中のヤクザである北野たけしが、部下の一人を現場から逃す場面がある。

「お前は逃げろ。一人くらい生きてないと、何が起こったかわからないだろう」

とか言う。あれがジャーナリズムの論理だ。


人権というのもトリッキーな概念だ。

私がマスコミに入った頃、犯人は呼び捨てだったが、犯人にも人権があるということで、「○○容疑者」と呼ぶようになった。それが定着するまでにも、いろいろ議論があった。

呼ぶ捨てがダメなら、「め」を付ければどうか、と南伸坊さんが提案していた。「○○めが〜」という呼び方がいちばんしっくりくる、と私も思った。

そのうち、犯人の実名を出すのはよくない、という議論になった。推定無罪の原則で、裁判で確定するまでは「犯人」ではない、という。

いや、現行犯や、確定した犯人でも、更生して社会に戻る可能性を考えたら、実名は出さない方がいい、という議論も生まれた。

そのうち、少なくとも被害者は匿名であるべきだ、とか、加害者が匿名で被害者が実名なのは不公平だから、全部匿名にすべきだという話もある。

2000年を超える頃からさらに「個人情報」がうるさくなってきて、住所とか年齢とかも出さない方がいい、となってきた。ネットに上がったら、半永久的に消せなくなる。

「昨日、日本のどこかで、誰かさんが、誰かさんを殺害しました。警察が捜査中です」

みたいなニュースしか、もう出せなくなる。

そんな新聞やニュースに、誰がカネを払うだろう。


だから、マスコミが人権派を気取りすぎると、自分の首を絞めかねない。

日頃から、適度に嫌われるように努力しなければならない。

「まあヤクザだからしょうがない」というのと同じように、「まあ記者だからしょうがない」と呆れられ、「まともではない」と社会から認知される存在にならないといけない。

タイに行くと、出家した僧が毎朝、施しを求めて街にやってくる。あの僧たちにとって、「社会の外にいる」ことが重要だ。僧たちは、社会の成員ではない。

本来、記者も、そういう存在であるべきだ。毎朝、ニュースを人々に届けて、施しを受ける。あとの時間は、「社会の外」の存在として、街をさまよっている。出世とか、社会的地位とかは無縁だ。本来そうあるべきだ。

「社会の外」にいるからこそ、社会の中に生きる人が、ありがたがってくれることがある。仏教の僧がそうであるように。マスコミもそんなふうにならないといけない。


それにしても、上島さんの自殺については、親しかった人たちの追悼が流れるだけだ。

自殺というと、これまた最近は、ことのほか神経質になる。ガイドラインに従え、とか政府まで口を出す。マスコミは報道の自由を盾に抗議してもいいくらいなのに。

今回については、マスコミが初動の報道で怒られたから、なおさら萎縮しているのではないか。

下衆かもしれないが、私は、美辞麗句より、上島さんの自殺の理由が知りたい。

人々は、今の報道に満足しているのだろうか。

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