編集者が原稿を失くしたらいくら払う?
いしかわじゅんさんが、尼崎市のデータ紛失に絡めて、編集者に原稿を失くされた過去をツイートしていた。
以前、某編集者に、単行本の原稿一冊分なくされたことがある。電車の網棚に乗せて、そのまま降りてしまった。彼は誰にもいえずに、心を病んでしまった。
原稿を失くす、それは、編集者にとって最大の悪夢だった。
もちろん、作家にとってもそれは悪夢だ。いわゆる売れっ子は、原稿の受け渡しが多いから、そういう経験を持つ人が多いのではないか。
デジタル時代の今では理解できないだろう。
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私も、編集者になって早々、先輩編集者から、原稿を失くした話を聞いた。
詳細は忘れたが、線路のそばの屋台で飲んでいて、カバンの中の原稿が風で飛ばされ、遮断機が下りた踏切の向こうまで飛び、原稿が電車に轢かれるように舞い散った・・という情景だけ覚えている。
先輩編集者にとって、一生のトラウマになったであろう情景だ。確か、屋台に戻って、ひたすら飲み続けたというオチがついた。
自分の編集者生涯で、原稿を失くすのだけはカンベン、と思った。
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アナログな紙の時代のことが、今では忘れられている。
昔はどんな編集部にも金庫があった。カネを入れるためではない、原稿を入れるためである。
自分で失くすだけでなく、盗難にも気をつけなければならなかった。
ただ、私が就職した頃には、金庫はもうほとんど使われていなかった。
意外に無頓着に原稿を机の中に突っ込んでいる人が多かった(私は必ず引き出しに鍵をかけた)。
作家から原稿をもらった後、カバンに原稿が入ったまま、打ち上げと称して作家と飲みにいくなんてことはよくあった。
そんなだから、原稿を失くすことはあった。
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同僚が原稿を失くした。
机の中に入れたはずが、ないと言う。たぶん、間違えて捨てていた。
原稿を失くしたら、作家に補償しなければならない。
最低3倍返し、10倍返しもあるぞ、と言われていた。つまり、原稿料の3倍から10倍を賠償金として支払う。
その同僚は、編集長とともに、作家のところに詫びに行った。激怒されたと言う。賠償金を払い、書いたことを思い出してもらい、原稿を復元してもらった。
本来は懲戒処分対象だろうが、穏便に処置された。賠償金も、原稿料に上乗せする形でごまかしたはずだ。同僚の地位は無事だったが、パニックになって机の中を探している姿をいまだに覚えている。憔悴した様はいかにも気の毒だった。
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ちなみに、原稿を失くすリスクは、印刷会社の人も同様だった。
原稿を、編集部から印刷所へと運ぶ、印刷会社の営業マンこそ、原稿を失くす悪夢に最も悩まされた職種だろう。
彼らが、編集者から受け取った原稿を無造作にカバンに入れて帰るのを、ときに不安に思って見ていた。
しかし、印刷会社の人が原稿を失くしたという話は聞いたことがない。
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私のキャリアの後半生では、原稿がデジタル化し、生原稿の受け渡しがほとんどなくなった。漫画の世界には残っているかもしれないが、私の知る限り、ペン入れをした段階でコピーをとっている人が多い。
おかげで、私は原稿を失くすことなく編集者人生を終えることができた。
生原稿のない世界に生きている今の編集者は幸せだ。
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