見出し画像

1967年のサイモン&ガーファンクルの「本物感」に圧倒される

いやー、久しぶりに感動した。たまたまYouTubeで見た、サイモンとガーファンクルの1967年のスタジオライブ。


この動画へのコメントで、

「終わってほしくなかった。天国にいるようだった。ただただ美しい I didn’t want this to end. I thought I was in Heaven. Just beautiful.」

というのがあったけど、まさに同感でした。イギリスのテレビ番組で、選曲やカメラワークまで含めて素晴らしい。

とりあえず、セットリストを貼っておきます。

Live At Granada Studios, Manchester, UK March 1967
(Original Broadcast Date: 2nd May 1967)

Part One
00:00 Intro
00:25 He Was My Brother
03:28 Leaves That Are Green
06:49 A Most Peculiar Man
09:30 Homeward Bound
12:39 For Emily, Whenever I May Find Her
15:35 The Dangling Conversation
20:15 The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)
22:06 Richard Cory
25:56 7 O' Clock News / Silent Night

Part Two
27:54 Intro
29:00 A Hazy Shade Of Winter
31:39 At The Zoo
33:59 Cloudy
36:48 Benedictus
40:34 Blessed
45:01 A Poem On The Underground Wall
47:15 I Am A Rock
50:29 Anji
52:51 The Sounds Of Silence


右翼(KKK)に殺された公民権活動家を追悼する「彼は兄弟 He Was My Brother」(ポール・サイモンが別名義で書いた曲)から始まり、

叙情的な「木の葉は緑 Leaves That Are Green」でうっとりさせ、

ロンドンで読んだ自殺者のベタ記事がきっかけになって作った、というトークを挟んで「とても変った人 A Most Peculiar Man」を披露した後、

名曲「早く家に帰りたい Homeward Bound」へと移り(私の世代は、I wish I was という仮定法過去をこの曲で覚えた。これが家路であればいいのに)・・

と、流れるように、夢のように、素晴らしい演奏が続く。


何をいまさら、と思われるかもしれないけどね。


私はもちろん彼らの音楽を死ぬほど聞いてきたけど、同時代に聴いたのは、1970年以降なんですよね。それ以前は物心ついていない。

サイモンとガーファンクルは、1964年にメジャーデビューしたけど、まったく売れなくて、いったん事実上解散し、ポール・サイモンはイギリスでソロ活動を模索していた。

しかし、1965年の暮れから、デビューアルバムの1曲だった「サウンド・オブ・サイレンス」が突然アメリカで売れて、ポール・サイモンはあわててアメリカに戻ってくる。

そして1967年の映画「卒業」の音楽で世界的スターとなり、1970年の「明日にかける橋」で頂点をきわめるーーが、そこでいきなり解散する。


私が同時代に知っているのは、「明日にかける橋」以降ですね。

当時、ビートルズと音楽的に張り合えるのは彼らだけだと感じた。それは世界中の多くの人の評価だったと思います。

それからさかのぼって彼らの初期のアルバムも聞いたし、その後のソロ活動や、再三のコンビ復活コンサートも見てきました。


でも、1967年のこの映像は初めて見ました。


映画「卒業」が公開される直前のコンサートです。

「サウンド・オブ・サイレンス」が突然売れて、1年たったくらい。スターとして音楽界の最前線に押し出された、その戸惑いが消えてなかった頃だと思います。「59番街橋の歌」を歌う前にポール・サイモンが語っているように、急激な環境変化で精神の危機も感じた。

この時点でのヒット曲、「サウンド・オブ・サイレンス」「アイ・アム・ア・ロック」「早く家に帰りたい(ホームワードバウンド)」は歌っていますが、「ボクサー」も「ミセス・ロビンソン」も「明日にかける橋」も発表していない。

まだ成長期にある彼ら。

しかし、パフォーマンスはすでに完成されている。


私が感動したのは、

他人の書いた曲ではなく、自分が歌いたいことを歌う

歌いたいことだけを歌う

という嘘のなさ、ですね。

これも、いまさら、だけど、「産業化された音楽」ばかり聞いていて、私は久しく忘れていました。

「アイドル」のポップスから、いちばん遠い距離にある音楽ですね。

1960年代のカウンターカルチャーの初心みたいなものを、そのとおりに見せてくれている感じ。

それはサイモン&ガーファンクルだけではないけど(ボブ・ディランもジジョーン・バエズもいた)、この時代の聴衆は、彼らの音楽に対すると同時に、その姿勢、アティチュードに感動した。それが日本でもフォークブームやインディーズ系といった1つの文化になっていくんですね。

その後のパンクロックみたいになると、反抗のアティチュード自体が「産業」「商品」のような気がしてくるけど、ここではもっと素朴な形で現れていて・・とにかく感動しました。


そしてもちろん、ポール・サイモンの、本物の天才が原石のまま輝いていて、圧倒されます。そのギタープレイにも(最後の「サウンド・オブ・サイレンス」の前に見事なギターソロを披露します)。結局、これだけの才能は、その後も出てこなかったのではないでしょうか。


昔よりは多少英語が聞き取れるので、歌の意味がよく伝わってくる。

「彼は兄弟 He Was My Brother」や「7時のニュース 7 O' Clock News / Silent Night」のような、1960年代の緊張した政治状況を反映した曲がある。

その一方で、有名な「59番街橋の歌 The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)」のように、70年代の音楽のトレンドを先取りした、レイドバックした気分の曲もある。

曲調がバラエティに富んでいて、飽きさせません。


ポール・サイモンが作る曲は、当時から老成した感じがありましたね。

ここで演奏される「冬の散歩道 A Hazy Shade Of Winter」とか(ここでは演奏されませんが)「旧友」とか、老人の心理を歌っているような曲があった。

いま私は老人になって、20代の彼らが歌う「冬の散歩道」が、しみじみと心にしみました。(上の動画では29:00あたり)


Time, time, time, see what' become of me
while I look around for my possibilities
Look around
Now leaves are brown
There's a punch of snow on the ground

時間よ、お前は私に何をしてくれた
私が自分の可能性を探っているうちに
見よ
すでに葉は枯れ
地には雪が積もる


死や加齢を歌った曲が不思議に多い。「とても変った人 A Most Peculiar Man」と「リチャード・コリー RIchard Cory」は、どちらも自殺した男の歌です(「リチャード・コリー」は19世紀の詩人エドウィン・アーリントン・ロビンソンの詩を改変して使っている)。

noteに、私と同世代で、「とても変った人 A Most Peculiar Man」について書いている方がいました。


また、ポール・サイモン版の「リチャード・コリー」は、10年後にポール・マッカートニー&ウィングスがカバーしました。


人生の意味を考えさせるような曲が多い。

人生経験をへて、改めて意味がわかるような、深い歌が多いんですよね。


ポール・サイモンの音楽のルーツは、シナゴーグや教会の説教にあるのかもしれません。同じユダヤ人のレナード・バーンスタインも、そう言われました。ラビのように人びとに語りかける、と。

このライブでも、第2部の「Benedictus」や「Blessed」で、そのルーツに直接触れています。

説教臭いという意味ではなく、人生の意味を、巧みな比喩で伝えようとする、そういう啓蒙が音楽の根っこにあるのを改めて感じました。だから、根本的に真面目な音楽なんですよね。


80歳代になった最近のポール・サイモンは、ますますそういう宗教味が増してる。

最新アルバム「七つの詩篇」が6月21日に発売されたばかりです。下のトレーラーを見ると、ほとんど神がかり的になってきた。

ポール・サイモン「七つの詩篇」トレーラー


たぶん、その分、音楽が深くなっているんだろうけど。もう全部が「聖歌」のように聞こえる。

私はようやく、1967年の、56年前の彼らに追いついた感じですからね。

現在のポール・サイモンを理解する前に、私の寿命がつきてしまいそうです。


<参考>


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?