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邪馬台国は佐賀であれ

佐賀の吉野ヶ里「石棺墓」のニュースを見ていて、佐賀の人たちの「卑下ぶり」に切なくなった。


テレビの取材に対して、地元の若い女性たちが言う。


「佐賀は魅力がないと言われているけどめちゃあるし、過去に栄えていたと言われたらすごくうれしい」

「小学生とかに教えるときに、佐賀はすごかったんだよと教えられたらすごくいい」


「昔はすごかった」と言うのは、いまは落ちぶれてるということだから、余計ミジメではなかろうか?と思うのだが。


佐賀は仕事で何度か行ったが、普通にいいところである。

しかし、そのときも、地元の人たちの「卑下ぶり」が気になった。

「東京から来られたのですか。佐賀はさびれてるでしょう?」

「ここらで買い物するなら◯◯ですかねえ。いや、もちろん東京にくらべたら恥ずかしいようなものですが」

とか、いちいち卑下してくる。

私だってもとは田舎者で、「東京の方から来た」だけなのに、こっちが申し訳ないような気分になった。


人口が少ないから(佐賀県の人口は80万人を切った)、人口が多い関東・関西から見て存在感が薄いのはわかるが、佐賀は昔からそんなところだし、安定していて「急にさびれた」という感じはない。

日本の全体的な人口減少の影響は受けるとしても、佐賀は、かつて九州の重点が北九州市や筑豊にあったときよりも、いい位置にあると思う。

福岡市(博多)に対する佐賀の位置は、東京に対する神奈川、大阪に対する神戸みたいなもので、博多の発展ぐあいから、ベッドタウンとして栄えておかしくない。豊かな海の自然は、湘南のようにイメージされても不思議でないのだ。

実際、ほとんどの日本人は佐賀にそれほど偏見を持たないと思うし(関心も持たないかもしれないが)、私のまわりで佐賀に行った人たちは、いい印象を持っている人たちが多い。いくつかのコミックソングでいじられたからと、そんな気にすることはない。


だから、もっと自信を持ってほしいのだが、「石棺墓」のニュースを見ていると、心配になってくる。

詳しいことは知らないが、邪馬台国畿内説が強くなっていたところで、一発逆転の期待がかかっているのだろう。

だが、期待しすぎだ。県知事なんかも鼻息が荒くなっていて大丈夫かと思う。

がっかりの反動が怖いから、もう邪馬台国は佐賀ということでいいと思う。


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