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僕の今を創る主将経験

僕は第96回高校サッカー選手権大会出場を決めた時、人目を憚らず泣いた。笛が鳴った瞬間も泣いた。主将として、勝利インタビューを受けている時も、思い切り泣いた。大型ビジョンに映る自分、テレビで放映される自分なんかどうでもよかった。

インタビュー中も泣くので、「この涙はどういったものですか?」と聞かれ、当時の僕は「優勝できた喜びと試合に出れない悔しさの半分半分です。」と詰まりながら答えた。

けれど、この回答は真っ赤な嘘だ。優勝できたとか関係ない。自分が出れていない事実に涙していた。

今まで散々「チームのことを考えよう。」と言っていた自分は、偽善者だった。仲間と毎日のように「なんでできないの?」とぶつかっていたけれど、1番の問題児は目の前にいた。当時は問題児であることに気づかなかったけれど、見破っていた人はいただろう。

主将としてチームのことを考えようとは言いつつも、自分が出れていないことに腹が立ちふてくされる日々、、、

スタメン組が勝てないと僕が怒られ、勝てない理由をミーティングしてから報告しに来いと言われる。自分が試合に出ていないのに、負けた理由を考えてミーティングを仕切る。当時の僕からしたら、拷問だった。

それから、試合前のアップは主将である僕が指揮を執る。「勝つためにアップをしよう。」と言っていたけれど嘘だった。もし心の底から「勝つために」と思っていたなら、あの涙はない。

僕は試合に出れていないという理由で、主将として任されたことさえも向き合えていなかった。

チームが勝ってほしい。でも自分は出ていない。だったら負けてしまえばいい。そうすれば自分にチャンスが転がってくる。けど、俺は主将だ。。どうしよう。何度自問自答を繰り返したことか。

自分のことで精一杯で、チームの勝利なんて二の次だった。本当に酷い。出れないなかで、1人の選手として何ができるのか。主将としてチームが勝つ為に何ができるのか。そんなことは一切考えずに自暴自棄になっていた。

結局、このような葛藤をし続けながら主将としての活動が終わった。僕は主将として何もできなかった。本当に悔しい。何度も何度も反省をした。

ただ、どれだけ悔やんでも何も始まらない。この経験を生かすも殺すも自分次第。だから、今
「チームのために」という言葉と向き合い直している最中だ。そしていつか、「チームのために」とはどういうことなのか、答えを見つけたい。

現在、僕は試合に出ることはできないが、選手と共に闘うスタッフとして、「チームのために」の意味を探している

そう思えるのも主将という偽善者になったからである。



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