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短編小説 テレパシー

ここの施設に入所して早2年、この2年で私は大分体が弱った。口からの食事も出来なくなり、胃にチューブで直接食事を流し込む形の胃ろうとなった。そして、話すことも、笑うことも、自力で指を動かすことも出来なくなった。

あなたがベッド脇に座っている。
忙しいのに、何かとちょこちょこ来ては他愛のない話をしてくれる。「昨日食べたとんかつが美味しかったんだけど、食べた後胃がもたれてな。もう年なんだな」そんなどうでもいい話を色々と。時々寝てしまうこともある。転た寝している姿を見ていると、私のせいで疲れていないか心配になる。私も話たいことが一杯、でも、その願いは叶いそうにない。繰り返す葛藤の中で、しょうがない、そう心で受けとめるようにしている。でも、時々通じることもある。偶然と言われればそれまでだが、長い夫婦生活をしたればこそ得た能力、俗に言う「テレパシー」と私は名付けている。

ある時だった、「窓の外はどう。もうそろそろ日が暮れる頃でしょ」そうテレパシーを送ると、「もうそろそろ日が暮れるな。日が暮れるのが早くなったよな。夏ももう終わりかな。聞こえるか、ほら、蜩の鳴く声」そうあなたが答える。何か会話出来ているみたいで嬉しくなる。こんな時は自然と涙が流れる。このような体でも嬉し涙は出るもので、人間よく出来ているなとつくづく感心してしまう。
頬をつたう涙、あなたはそれに気付くと、気まずそうな表情を浮かべ「何か変なこと言っちゃったかな。ごめんごめん、泣かないでくれよ~」と言う。「違うのよ。会話出来たみたいで嬉しくて嬉しくて、嬉し涙だから気にしないで」そうテレパシーを送るも感度の低い私のテレパシー、今度は案の定届かない。「参ったな~許してな」そう言いながら私の頭を優しく撫でるあなた、その動作と気持ちに応えられないことが歯痒くも何とも愛おしくなる。昔から勘違いのやり取りが多かった二人、今に始まったことでもないと思えば、そう、いつものことだね。

「じゃあ、そろそろ行くかな」

明日もまた来てくれるであろうあなた、帰り支度をするあなたの目に一生懸命焦点を合わせてはテレパシーを送るの。

「いつもありがとう。また来てね。待ってるからね」って。

そう、思いっきり気持ちを込めて。

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