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連載小説『授業をサボる、図書館には君がいる』

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連載中の小説まとめ。高校生の恋愛ものです。
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記事一覧

11 始まりは黒い月 (完)

11 始まりは黒い月 (完)

10 自由について より続く

 一刻も早く彼に会うべきだったけれど、いざ図書館に行ってみていなかったら、と思うと、怖くてたまらなかった。すぐに怖がってしまうわたしのことも、彼がどうにかしてくれたらいいのにと思う。
 何も知らないままの彼のことを、心の支えのように思っているわたしがいる。あまりに不均衡で不釣り合いで不健全な関係だった。そもそも双方向的な関係なんて始まってもいないのに、勝手に期待し続

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10 自由について

10 自由について

9 三日月が見せた幻 より続く

 変なところで律儀な性格だと思う。
 この前の金曜日、オノセンの授業はちゃんと出席しようと決めてしまったせいで、彼が頭から離れないのに、授業をまたサボることはできなかった。サボって図書館に行きさえすれば、また会えるかもしれないのに。
 唯一の救いは、オノセンが観せてくれた映画が、三日月目の彼を天秤にかけても勝てるくらいのめり込めるものだったことだ。少なくとも二時間

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9 三日月が見せた幻

9 三日月が見せた幻

8 ありふれた言い訳 より続く

 月に一度の全校朝礼も、わたしにとってはこれが人生最後だった。来月にはもう卒業式に取って代わられるし、在校生にとっても来月の朝礼は終業式になるはずだ。「えー」の回数が無駄に多い校長と「あのー」の回数が無駄に多い学年主任、その回数を数えることだけが唯一の楽しみだった。だいたい眠気が襲ってくるのが先で、何回数えたかは忘れてしまう。
 教室で出席をとってから体育館に向か

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8 ありふれた言い訳

8 ありふれた言い訳

7 温かい黒に揺蕩う より続く

 わたしに向かって一直線に歩いてきた梅香は、授業終わりというわけではなさそうだった。元々薄っぺらな鞄がいつにもましてぺちゃんこだ。足元はローファーのままで、わたしと同じように校門から直接図書館に来たようにみえる。
「やほー」
「隣いい?」
「うん」
 図書館の静けさに紛れる声の出し方は、内緒話をしているようで親密度をアップさせるに違いない。だだっ広いけれど秘密の空

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7 温かい黒に揺蕩う

7 温かい黒に揺蕩う

6 今日よりもずっと前から始まっていた より続く

 吸い込まれそうだと思った。急に立ち位置がわからなくなって、徐々に近づいているような感覚。心なしかさっきより瞳が大きく迫ってみえる。わたしが近づいているのか、小さくなってしまったのか、ただの錯覚なのか。答えは決まっているはずなのに、本当にそれが正しいのか確信が持てない。ちっぽけなわたしに正しい判断は下せないから、曖昧なまま吸い込まれるしかない。留

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6 今日よりもずっと前から始まっていた

5 初めて身体を邪魔だと思った より続く

 音を立てないようにそっと椅子を引き、素早く座った。衝立から顔を出しさえすれば、彼をみることができる。でも、あと一歩の勇気が出ない。胸に抱えたリュックを抱きしめ縮こまる。
 人違いだったらどうしよう。さっきまでの自信が嘘のように、急にしぼんでしなしなになる。期待が外れることがこんなにも怖い。期待してないって何度も言い聞かせたけれど、その言葉に触れる度に期

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5 初めて身体を邪魔だと思った

5 初めて身体を邪魔だと思った

4 直感じゃなくて願望でしょ? より続く

 あと何回着るのか、指折り数えられるようになってきた制服に袖を通す。この制服だけは六年間好きになれなかったな。薄くて向こう側が透けてみえるセーター、防寒には全く向いてなくて、せめてこれさえ替えられたらと何度思ったことだろう。なんちゃって制服、として売っているカーディガンの方がまだ暖かいのは確実で、れっきとした制服がこんなに薄いのは問題だと思う。でも歴史あ

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4 直感じゃなくて願望でしょ?

4 直感じゃなくて願望でしょ?

3 中途半端な罪 より続く

 時間が解決するってよく言うけど、そんな簡単に抜け出せるわけがなかった。部屋の小窓から月がみえるだけで彼の顔がよぎる。野良猫をみるだけであの目を思い出す。しまいには本を読む学生が目に止まることが増えて、無意識に彼を探しているわたしに気付く。久しぶりの感情に戸惑っているはずなのに、どこか嬉しくて温かい気持ちになる。
 甘酸っぱい展開を期待するつもりはない。だって、わたし

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3 中途半端な罪

2 春は唐突に、弾けたお菓子のように より続く

三日月目の彼は知らない顔だった。ものの数秒で焼き付いてしまった、飲み込まれそうなくらい真っ黒で美しい瞳に見覚えはなかった。
 同じ学年なら中高六年間一緒なんだから、ひと学年の人数がいくら多くても顔はわかるはず。中学生にはみえなかったし、ってことは二年か一年……? この期に及んで下級生だなんて、もう卒業するんだよわたし。
 どう納得させようと、もう一

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2 春は唐突に、弾けたお菓子のように

2 春は唐突に、弾けたお菓子のように

1 今からでも遅くない より続く

 がらがらの図書館に戻ってきた。よりいっそう静かな空間には、遠くの校庭で響く女子生徒の声さえ聞こえるようだった。さっきまで座っていた席は案の定空いたままだったから、再びそこを陣取る。どうせしばらく来ないだろうし、とリュックとコートは隣の席に置くことにした。
 リュックから分厚い単行本を手に取る。教科書もノートも入っていないリュックの中で、唯一存在を主張しているも

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1 今からでも遅くない

 高校生活最後の試験を終え、選択授業とかいう曖昧な期間に入った。大学生と高校生の間をいったりきたり。もうすぐこの校舎から出なくちゃいけないけど、六年間も通ってると飽き飽きして、感慨もなくなってくる。大学の付属校だから卒業してもまた顔を合わせるひとが多いし、なんだか不思議な気分だ。
 週に一度、月曜日のホームルームは一時間目で、最近のわたしにとっていちばん朝早く登校する日になっていた。おかげで頭の片

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