なぜアルコールは脳に悪い?:アルコールが脳の遺伝子発現を変化させ、脳に様々な影響を及ぼしている
今回は、アルコールが体内で分解されてできる酢酸が、脳神経の遺伝子発現を変化させていることを明らかにした研究をご紹介します。
遺伝子発現パターンが変化すると、脳の機能も当然変わるため、これによって、性格や感情の変化、さらには認知症や脳萎縮などの病気が、アルコールによって引き起こされている可能性が示唆されます。
紹介論文
Alcohol metabolism contributes to brain histone acetylation
Nature. 2019 Oct;574(7780):717-721.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31645761/
アルコールが脳に及ぼす悪影響: 脳萎縮・認知症・胎児性アルコール症候群など
大量に飲酒する人は、脳が小さくなる脳萎縮が高い割合でみられることは知られており、飲酒量と脳萎縮の程度には正の相関が見られることが報告されています。
飲酒量が増えるほど脳が萎縮するということです。
また、アルコールが加齢による記憶・学習低下を促進することが動物を用いた研究で証明されています。
さらに、アルコールは認知症の危険性を高めることが示されており、
過去に5年間以上のアルコール乱用または大量飲酒の経験のある高齢男性では、そのような経験のない男性と比べて認知症の危険性が4.6倍、うつ病の危険性が3.7倍と報告されています。
また、妊娠中のお母さんが飲酒すると、生まれてくる子供に様々な影響を残すことがあり、胎児性アルコール症候群と呼ばれています。
最近では、ADHD(注意欠陥・多動性障害)や成人後の依存症リスクなど、脳の様々な機能に対しての影響がみられることが分かっています。
ただ、このようにアルコールが脳に対して悪い影響をおよぼすことはわかっているのですが、具体的にどのようなメカニズムで、様々な悪影響を及ぼしているかについては、まだ分からないことが多い状況でした。
そこで、今回紹介する研究では、アルコールが体内で分解されてできる酢酸が、脳神経の遺伝子発現を変化させ、それにより様々な脳疾患が引き起こされている可能性を示してくれています。
アルコールの代謝産物が、脳の遺伝子発現を変化させるメカニズム: ヒストンのアセチル化
遺伝子の本体であるDNAは、ヒストンというタンパク質にグルグルと巻きついて、コンパクトにまとまった状態で、細胞の中の核という構造の中に納まっています。
このヒストンを構成するアミノ酸が、何かしらの修飾を受けると、ヒストンへのDNAの巻きつきが弱まったり、逆に強まったりして、DNAからタンパク質が作られる(遺伝子発現)頻度に変化が起こります。
特にヒストンを構成するアミノ酸にアセチル基がつく修飾をアセチル化といい、脳の神経細胞のヒストンアセチル化は、長期増強という記憶のプロセスにも強く関わっていることが分かってきています。
ヒストンがアセチル化されると、ヒストンへのDNAの巻きつきが弱まることで、DNAからの遺伝子発現が高まります。
アルコールは肝臓で代謝されると酢酸となり、酢酸はヒストンのアセチル化の材料になるので、アルコールをたくさん摂取して酢酸が体内にたくさんできると、ヒストンがアセチル化される割合も高くなり、その結果、DNAのヒストンへの巻きつきが弱くなり、遺伝子発現が強くなるのです。
摂取されたアルコールは、すぐに脳神経細胞のヒストンのアセチル化を増やす
今回の研究では、同位体標識したアルコールを摂取したマウスの組織を質量分析することで、摂取したアルコールが体内で代謝された後に、最終的に体内のどこにいったのかを調べています。
アルコールをマウスに投与すると、すぐに、アルコール由来の代謝物は、脳の細胞のヒストンのアセチル基になっていることが明らかになりました。
またアルコールではなく、標識した酢酸をマウスに投与しても、同じように、すぐに脳細胞のヒストンのアセチル基になっていることが示されています。
つまり、摂取したアルコールは、肝臓で酢酸に代謝されて、そしてすぐにその酢酸は脳に運ばれ、脳神経細胞のヒストンアセチル化の原料となっているのです。
母親が摂取したアルコールが、胎児の脳神経のアセチル化により、遺伝子発現を変化させている
また、同じように同位体標識したアルコールを、妊娠しているマウスに投与すると、投与したアルコールが、お腹の中の胎児の脳神経細胞のヒストンのアセチル化を引き起こしていることも、この研究で明らかにしています。
つまり、母親の摂取したアルコールが、胎児の脳の遺伝子発現を変化させているのです。
このことが、胎児性アルコール症候群の一因になっている可能性があります。
さらに、記憶の機能を司っている脳の海馬という部位から取り出した神経細胞に、酢酸を加えると、ヒストンのアセチル化を介して、学習や記憶に関連する遺伝子の発現パターンが変化することも明らかにされています。
よって、妊娠中にアルコールを摂取してしまうと、胎児の脳の遺伝子発現に影響を及ぼし、これによって、生まれてくる子供がADHD(注意欠陥・多動性障害)などの、脳機能の異常を示すようになってしまうのかもしれません。
まとめ
✅ アルコール が脳に及ぼす悪影響: 脳萎縮・認知症・胎児性アルコール症候群など
✅ アルコールの代謝産物が、脳の遺伝子発現を変化させるメカニズム: ヒストンのアセチル化
✅ 摂取したアルコールは、すぐに脳神経細胞のヒストンのアセチル化を増やす
✅ 母親が摂取したアルコールが、胎児の脳神経のアセチル化により、遺伝子発現を変化させている
お酒は、ほどほどに飲めば、リラックスできますし、確かに人生の幸福度を高めてくれるものだと思います。
私自身も、適度にお酒をたしなむことはありますし、特に友人と一緒に飲みに出かけるのは、とても楽しいですよね。
ただ今回の研究から、アルコールは確実に、しかもすぐに、脳の遺伝子発現を変化させ、脳の発達や機能に大きな影響を及ぼしうることが示されています。
皆さんくれぐれも、お酒は程々に、適量を楽しみましょう。
参考サイト:
厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-01-007.html
この記事が参加している募集
今後も分かりやすい、簡潔な記事を心がけていきます🙇🏻♂️