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初恋を失った日。

はじめてのルーブルは
なんてことは なかったわ

そう歌った人のことを教えてくれた彼はもういない。
私はその事に愕然としながら、今夜眠りにつこうとしている。

あの頃のキミははカッコ良かった。
イキがった服装に、NIKEのサインの書かれた通学帽。黒いランドセルの中身には、無印良品のアルミのペンケースが入っている。
流行りのアイドルソングには目を向けず、その指向はR&Bか洋楽だった。
それはその時の日本では、死ぬほど宇多田ヒカルが流れていて、キミは完全にそれに感化され、そしてそれに私は感化されてしまったのだ。

私もラジオでたくさん聞いた。
色とりどりの流行りの曲が、目まぐるしく流れている。
レニーグラヴィッツ、ディスティーズチャイルド、ジャミロクワイ。
かつて、否、今でも愛おしい様々な音楽たち。
それらを知らなかったら、今の私はないと確信できる者たち。
だから、キミの口から、スティングの生ライブを聴きにいったと聴いた時は卒倒しそうになったけど。

そんなキミも今ではきっとおじさんだろう。
キミのウェブ上の近影は、相変わらずかっこいいけど、なんだかんだで20キロ太ったってブログには書いてあったから、きっとそれなりにおっさんで、私はやっと、初恋を失ったと気づいたのだ。

初恋を失ったころ、私は30を超えていて、もうお母さんになっていた。
あなたのことをすっかり忘れ、遠い彼方に置き去りにしようとしていたあのころ。
高熱に侵されながら、大晦日に1人、実家の広間に寝ていたら、音楽をしているキミに、小さなスマートフォンで辿り着いてしまったのだ。

突っぱねた印象は幾分和らいだ代わりに、元々持っていた気難しさが顔を出していて、ああこんなヤツだったなとつくづく思った。
彼はそれなりにおぼっちゃまだったから、身につけるものひとつひとつが、品がよくまとまっていて、そんなところも彼らしいな、などと思ったりした。

あなたは知らないだろう。
私がこんなにも、あなたのことを知っていたなんて。
自分でも驚いてしまうのだ。
過去の、彼に対する記憶の多さに。
綿密に織られたような、情景の緻密さに。
私は確かに彼が好きだったのだ。
ものすごく長い間。
愛はまだ知らなかったけど。

初恋はもう消えてしまったから。
ファンレターを書いたの。
ナルシストなあなたを勘違いさせないような、率直なおてがみ。
他の誰かには読ませたけど、まだあなたには見せてあげない。









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