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ながいはなし

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#小説

〈小説〉ああ、ロミオ

〈小説〉ああ、ロミオ

「わたしは死んだことになってるんだよ」
おにぎりを陳列棚に全部おさめて振り返ると、悲しい目で美濃くんがわたしを見ていた。
「だからさ」
同情してもらおうとか慰めてほしいとかそんな気持ちはない。
毎日ストーカーから守るために、義理で送ってくれるようになった美濃くんに申し訳なくてわたしは言う。
「わたしに何かあっても、親はなんとも思わないよ」
空になった運搬用の青いコンテナを持ち上げると、美濃くんが無

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〈小説〉三月のさくらんぼ

〈小説〉三月のさくらんぼ

小学三年生の夏休みに家族が増えた。
一人は産まれたばかりの弟。もう一人は新しい父親。家族が増えて家の中が賑やかになったのに、友美は今までよりも孤独を感じていた。母と二人で暮らしていた古びた木造のアパートに戻りたいと毎日のように願った。
母は産まれたばかりの弟の世話で忙しく、友美に構ってくれなくなった。泣き止まない弟をあやす母におやつを食べていいか聞いただけで怒鳴られ、いつでも母の顔色を伺うようにな

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〈小説〉くるしくて、息もできない

〈小説〉くるしくて、息もできない

【R-18】

1

指定された場所へ行くと白いワンボックスカーがハザードランプを点滅させて停まっていた。運転席にいる男の顔と身なりを確認するためには一度通りすぎて前へ回り込まなくてはならない。いずみは歩道の隅を歩き車を一度通りすぎる。肩に掛けたカバンを握る手に力が入る。スマホを取り出し人待ち顔で辺りを見渡す。視界にちらりと入った運転席の男がうつむいているのを確認してからじっと見る。禿げた中年や不

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〈小説〉マシュマロ

〈小説〉マシュマロ



何を見ているんだろうと思った。
探すように一生懸命見ている、視線の先には何があるのだろう。
不安そうだったり嬉しそうだったり切なそうだったり、色んな表情で何かを見ている有沢萌を、ぼくは無意識に目で追うようになった。
有沢が見ている何かが気になっていたはずなのに、いつの間にか有沢そのものが気になっていた。
有沢が見ているものは花でも木でも空でもなかった。いつも同じ一人の男子をずっと見ていた。

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〈小説〉 チョコレート

〈小説〉 チョコレート

1

「死にたい」って言う人たちのほとんどは、本当に命を断ちたいのではなくて、いま目の前にある問題を解決させる方法が『死ぬ』以外見つからないから仕方なく言うんじゃないかとわたしは思う。
「死にたい」「死にたい」って言葉にすると楽になれる気がする。麻薬みたい。
死にたい。
でも、たぶん、わたしは死なない。
死にたいと言ってしまう理由をママに話して泣かれて、パパに怒鳴られるか殴られるかして、弟に軽蔑の

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〈小説〉らぶりつください

〈小説〉らぶりつください

1

花びらのようにちぎったティッシュペーパーに糊をつけ、頬に一枚ずつそっと貼っていく。手鏡で作業していた麻衣は顔をあげ、洗面台の大きな鏡で出来栄えを確認し、満足そうにうなずく。
手鏡とティッシュペーパーをカバンに直し、新たに取り出した血糊のキャップを開く。薬指の先に赤いインクをつけ、頬に貼ったティシュの欠片に叩くように少しずつ塗っていく。
「綺麗な傷にしたいんだ」
麻衣が言う。
優奈は答えず、手

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〈小説〉鳥はどこへいった

〈小説〉鳥はどこへいった

「鳥がいる!」
母が玄関で叫んだ。
「なになになに」
面倒くさいと思いながら僕は玄関に行く。
「鳥がいるのよ」
「鳥ぐらいいるだろうよ」
「青いのよ」
「青?」
「綺麗な青なの!ちょっと来て」
僕は母と玄関を出て団地の階段を降りた。
団地内の小さな公園の木に、青い鳥が止まっている。
「飼われてたんじゃないかしら」
「セキセイインコじゃない?」
「そうなの!?」
「うん、多分。ちょっと待ってて」

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〈小説〉カーディガン

〈小説〉カーディガン

私は今、熊本へ向かっている。朝一の便に乗り込み、小さな窓から下界を見下ろしながら、無意識に彼の住む街の方を目で追ってしまう。飛行機は高度を上げ、シートベルトのサインが消える。
田舎へ帰るのは五年ぶりだ。
祖父の葬式で帰った以来。祖母は祖父が亡くなってからも一人、山の上の家で住んでいる。
本土に住むおじさん達に、山を降りて一緒に暮らそうと言われても頑として首を縦に振らなかった。買い物に行くのにも一時

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