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短編小説「身長」


 俺は頭がいい。幼稚園の頃には、サンタクロースさんなんていないことがわかってた。今日みたいな日、「私はね、そろそろサンタさんが来るから、ママの言うことをちゃんと聞いていい子にしてるの」なんて話していた女の子に、「知らないの?そのお母さんがサンタさんなんだよ」って親切に教えてあげる位、頭がよかった



 俺は運動も得意だ。小学一年生から運動会ではリレーの選手だった。でも、走るのより木登りとかの方が得意だった時もある。今でもやろうと思えばできると思う。だけど何故か少し怖い気もするからやろうとは思わない。やらなくても俺の運動が得意なことに変わりはない。



 俺は体も大きい。小学三年生の頃には学年で一番大きかった。今日みたいな日に出たカレーの給食。その日は風邪で休んでいた子が多かったから、先生が「今日は食べられるなら何杯でもおかわりしていいよ」って言ったんだ。だから俺は4杯もおかわりをした。体が大きいからそれくらい食べてもへっちゃらだった。



 そんなすごい俺だから、なんでもできた。なんでもできたから、友達みたいに神様にお願いとかしたことがなかった。だって、お願いしようと思っても(でも、これなら自分でできるかも)っていつも思うんだ。だからなんかもったいない気がして、神様にお願いしたことがない。でも今日は特別なんだ。小学生5年生になって初めて神様にお願いする。



 〝どうか、身長を縮めてください。明日だけでもいいんです。靴を履いた身長を140センチより小さくしてください〟明日の朝、目が覚めても140より小さくなってなかくても、登校のギリギリまで神様にずっとお祈りしようと思う。



 ———彼女はいつもより早く目が覚めた。右半分が日に焼けている壁時計が指している時刻は5時前である。部屋の窓を隠す遮光カーテンは起きかけの陽の光を浴び、なぜか楽しそうだと彼女は感じた。ベッドの中で少し姿勢を変え、部屋の端の学習机を見た。買ってもらったのが嬉しく、お気に入りのシールを椅子に貼った小学一年生の彼女。友達を部屋に招く際にそれらがなんとなく恥ずかしいと感じ、今ではシールの残骸が少しばかり黒ずんで残る椅子の上に、いつもとはちがう荷物が置いてある。それを見て彼女はベッドの中で微笑んだ。待ちに待った今日が来たのである。



 普段と違う登校の景色であった。小学校に入学してから5年生になった今の今まで、学校へは登校班で通っていた。しかし、今日だけは特別に一人で歩っている。いつもは家から出てくるのが遅い、低学年の男の子の家を睨みながら待つのが常であったが、今日は一瞥もすることなく歩みを進める。学校が近づくにつれ、同級生が増えてきた。彼女が見た限りで言えば、皆少し表情が柔らかい。背には小学生のシンボルともいえるランドセルの代わりに、大きなリュックを背負い、肩にはボストンバッグや、キャリーバッグを引きながら登校している。



 (きっと、今日はいつも遅刻する子も時間通りくるんだろうな)彼女はそんな事を考えながら校門に着いた。そして、昇降口には向かわず直接校庭へと向かった。その頃には仲の良い友人達とも合流し、今日からはじまる修学旅行について談笑を始めていた。校庭には既に二台の大型バスが停まっており、彼女は宿泊用の荷物が入っているボストンバッグをトランクルームへ収納した。 



 出発時刻まではまだ20分ほどある。校庭で出発式が始まるまでの間、彼女はバスの近くで同じ班のメンバーで集まり、集合時間まで修学旅行のしおりを眺めることにした。彼女の班は男女3人組のグループであるが、あいにくまだ男子の一人が来てない。




 「今日は班での自由行動になったら皆で絶対にジェットコースターに乗ろうね」彼女は今日の計画を再度おさらいした。「うん。私たちの班は皆結構身長高いから、余裕で乗れるよ」「僕この班でよかったよ。他の班だと『ジェットコースター怖い』とかいう女子がいるから、乗れないって悔しがってたヤツいるもん。その点、この班は女子はゴリラしかいないから怖いもんないもんな」普段だったら教室中を追いかけ回す男子の軽口も、今日ばかりは笑っていられた。皆で楽しめるのなら、私はゴリラでもいいとすら彼女は思った。



 

 そして、(私もゴリラならお似合いじゃないかな)そんな不意な思考により、昔の出来事を思い出した。




 同じ班のまだ校庭に到着していない男子、彼のあだ名はゴリラであった。理由は、幼稚園の頃に〝サンタさんなんかいない〟なんて彼女に意地悪を言って泣かせた彼は、「ごめんね、泣かないでよ。そうだ、面白いことするから見てて」そう言って外の木に登りゴリラのマネをしたのである。彼のゴリラのマネは本当に上手だった。胸を叩くドラミングは木全体が揺れており、彼女は大声で笑った。彼が気から落ちるまでは。




 彼が気から落ちる瞬間までを思い出し、彼女は瞬間、「あっ」という声をあげてしまった。頭の中で留めておくべき驚嘆であったが、勢いは止まらず声になってしまった。班の皆はもちろん、近くにいた他の班の人達も彼女に注目した。彼女はしばらくその視線らが他の興味へうつるのを待ち話し始めた。




 「ごめん、私やっぱりジェットコースター怖いかもしれない。でも、一人で待ってるのも心細いからゴリラと待っててもいい?」彼女の発言に班の皆が驚いたのは言うまでもないが、ちょうど彼女の背後でその提案を聞いていたゴリラ———彼の安堵の表情を察し、班の皆からの反対は皆無であった。




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