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短編小説「向日葵」


 事前の告知があったとは言え、オークション会場には多くの人で溢れかえり、注目の作品が出品されるのを今か今かと待っていた。いや、正確には出品を待っているのではなく“一体あの作品に幾らの値がつくのか”を知りたく、待ちきれないという人がほとんどであった。




 「お待たせいたしました。次に紹介させていただきます商品は、あの有名な『ひまわり』です。無論、この会場にいらっしゃる方既にはご存知だと思われますが、制作者は『二代目』ゴッホさんです」オークションの進行役の男性が壇上に運ばれてきたかの有名なゴッホの【ひまわり】を指さし、話した。そして続けてこの作品についての説明が書かれているであろう書類を手に取り読み始めた。



 「この作品かの有名なフィンセント・ファン・ゴッホ生誕250周年に向け35年ほど前から計画され作製された作品となります。その計画というのは遺伝子配列、性別、体格、基礎疾患、その他全てをゴッホと同じくなるようデザインされこの世に生を受けた〝試験体A〟に真作となる『ひまわり』を描かせるというものでした。ゴッホが享受したであろう喜怒哀楽を薬品により正確に与えることによりオリジナルの『ひまわり』と完璧に同一のものの完成が実現いたしました」



 会場からは〝試験体A〟の境遇に思いを馳せ、顔を引きつらせる夫人。経年劣化のない鮮やかな「ひまわり」の作品に目を奪われる紳士。会場の人々の反応に統一性はなかったが、皆等しく何かしらの衝撃は受けていた。




 「それでは、ここで作品について事前に募集していた質問の答えを、僭越せんえつながら作者に代わり私が読み上げさせていただきます」会場のどよめきを無視し司会者が話し出した。



 「まず初めに、こちらの質問が1番多かった様ですね。使用されている画材はどのようなものですか? こちらの質問につきましては、〝試験体A〟に渡している画材を初め衣食住全てゴッホ本人が身につけていたもの、口にしたものを徹底して与えております。画材も同様、ゴッホの『ひまわり』を徹底的に調べ全く同様のものを使用させております」会場のどよめきは収まらず、結果として油を注いでいる様にも思える。しかし、中には購入を検討しているのであろう熱心にメモをとっている老人などもいた。




 「続きまして、似通った質問が多かったものとなります。『いくら、外見などが似通ってても性格が、異なっているのではないか?』というものです。つまり、外的要因によって形成される性格についての懸念の質問ですね。この点につきましても、ご心配はございません。投薬による性格矯正をはじめに、24時間体制のVRにより不要な外的ストレスを無くし、ゴッホが辿ったと思われる体験を常に疑似体験させております」



 司会者はこの様に次々と質問事項とその返答を読み上げた。その姿は飄々ひょうひょうとしており、彼自身の感情の介入している様子は見られない。


 

 そして、誰もがこの「ひまわり」の作品を(ゴッホ本人のものと変わりない)と確信し始めた頃、司会者から最後の質疑の返答が読み上げられた。



「こちらが最後の質問となります。『今現在、〝試験体A〟さんはどの様な生活を送っているんですか?』という質問ですね。安心してください。彼は今現在もゴッホの人生に則り、精神病院にきちんと入院しております。予定では来年の7月にピストル自殺を図り、2日後にきちんと死ぬ予定となっております。きちんとゴッホと同様に死にますので、その点においても作品の価値が損なわれることはございません」



 結果として、この【ひまわり】は莫大な金額によって落札されたが、その落札金額はゴッホとしての作品価値なのか〝試験体A〟としての作品価値なのか、未だに意見が分かれるところである。







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