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漢文に悩む日々

現在、時たま「室町時代」を舞台にした小説を執筆中のワタクシ。
冒頭の「和睦成立」までの部分の下書きを書き終わり、現在は「為氏&三千代姫」の新婚生活の場面を描こうと、試行錯誤中です。
藤葉栄衰記のままだと、いきなり「三年後」に話が飛んでしまいますしね^^;

ところで、大学受験などで厄介なのが、「文化史」。受験テクで言えば、政治面などで正答できるのは当然で、文化史で割と点数差が開くことが多いのですが、いざ「小説」などのジャンルに当時の文化背景を落とし込もうとすると、室町時代はなかなか厄介な時代です。


昔、「公文書は漢文表記が当たり前」だった時代がありました。少なくとも、平安時代はそうですね。
ただ、平安時代に「仮名」が登場したことにより、日本の文学は大きな転換点を迎えます。
泪橋なみだばし」の登場人物のうち、はっきりと高い教養を持っていることがわかっているのは、「三千代姫」。遺品として叔母に定家が書いたとされる「伊勢物語」を託し、歌道に通じていたという表記があることからも、普段からハイレベルな文学作品に接していたことがわかります。

さて、彼女の夫である「為氏」はどうか。
実は、この人が「須賀川」の礎を築いたとされているわりには、生年月日などがはっきりしない人物です。
ただ、生まれは鎌倉生まれのお坊ちゃまでしょうから、それなりに上方の文化にも接していたのかなあ……と、私は推測しています。
後に仏教への帰依も見せるなど、ある程度教養を積まないとしないであろう行動も見せていますし。

そんな二人が、「日常生活で共通の話題を持つ」としたら、どんな話題か?
一応セレブな二人なので、「歌や漢詩」かなあ?なんて、想像を膨らませているのです。
ティーンエイジャーの二人なので、あまり生々しい男女の関係を匂わせたくないのもありますが^^;

が、そこまでは良いとして。
為氏には、怖い(もとい、親代わり💦)の四天王がついています。
後で、四天王の代表格である「須田美濃守」が為氏にくどくどと説教した内容からすると、中国の故事を持ち出して説教していますから、その背景を考えると、為氏も漢詩や中国の故事に通じていたと考えていいでしょう。
彼が「教養本」として読んでいたとすると、兵法書である「六韜りくとう」などでしょうか。
それでも、「あまり堅苦しい本ばかりだと、夫婦として共通の話題がないよなあ」と考え、漢文と和歌が両方掲載されている、「和漢朗詠集わかんろうえいしゅう」を選んでみました。

そういえば、拙作「泪橋」の主人公である一色図書亮いっしきずしょのすけと旧友である伊藤左近さこんの「藤葉栄衰記」の会話でも、中国の故事が引き合いに出されていますので、当時の武士にとっても、漢文の素養は必須だったのでしょう。

が、当時の「漢文」がどのようなものであったかは、案外平安時代から変わっていなかったのかなあ……と感じています。
一応、幕末前後までの各種の「漢文」をざっくり読んだ印象ですけれどね。

そんなわけで、若夫婦の会話で使おうかどうか思案中の題材より。
「七夕」がテーマですので、季節外れですが……。

ニ星適逢 未叙別緒依ゝ之恨
五更將明 頻驚涼風颯ゝ之聲

二星適$${^マ}$$逢$${^{ウテ}}$$、未$${^ダ}$$$${_{ザルニレ}}$$別$${_{ニ}}$$緒$${^ノ}$$依依タル恨$${_{一}}$$$${^ヲ}$$。
五更将$${^ニ}$$$${_{シテレ}}$$明$${^{ケナント}}$$、頻$${^ニ}$$驚$${^{カサル}}$$$${_ニ}$$涼風颯颯ウル聲$${^ニ}$$$${_一}$$。

→返り点を「Tex関数」を使って再現しようとしましたが、いまいち^^;
日本の古文以上に、「漢文」は横書きと相性が悪いようです。

二星たまたま逢うて、未だ別緒依依いいたるうらみべざるに。
五更まさに明けなんとして、しきりりに涼風りょうふう颯颯さつさつたる声に驚かさる。

ここまでは、大正4年に刊行された「有朋堂文庫」からの出典です。
一方、同じ漢文でありながら微妙に解釈のニュアンスが違うのが、下記の「書き下し文」。

二星にせいたまたま逢へり いまだに別緒依々の恨を叙べざるに
五更まさに明けなむとす 頻りに涼風颯々の聲に驚く

(昭和40年 岩波書店刊行 日本古典文学大系73より抜粋)

ちなみに、この漢文は「小野美材おののよしき」という、何と小野たかむらの孫による作品だそうです。

このハイレベルな解釈に、「仮名文学」しか接していないはずの三千代姫がついてこれたとしたら、当時のお姫様が受ける教育レベルは、相当なものだったのでしょう。
余談ですが、この「七夕」の章にセットでついている「和歌」はこちら。

あまの川とほきわたりにあらねども君が舟出は年にこそ待て

柿本人麻呂作

何となく、ティーンエイジャーの夫婦の「ロマンチックな会話」に相応しい話題ではないでしょうか。

ですが、小難しく「漢文」を扱ってみたものの、人の心情や憐れみ、恋心を語りたいという思いは、いつの時代も普遍なのだと感じます。
前作では、恋愛要素は「スピンオフ」でしか扱えなかったので、今回はこうした「恋バナ」も交えたいなあ……と思いつつ。

室町時代の「恋愛事情」の資料がほぼゼロで、為氏&三千代姫のカップルは、なかなか手ごわい二人です(苦笑)。


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