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「うる星やつらが萌えの元祖」といわれる理由を語らせてくれ

「高橋留美子の『うる星やつら』が、萌えの元祖らしい」と聞いたとき、正直ピンとこなかった。「うる星やつら」の発表は1978〜1987年。しかしそれ以前にもいわゆる「萌えキャラ」は生まれている。

例えば日本初の少女マンガ・リボンの騎士は1953年に出ている。主人公のサファイアは両性具有であるがゆえに、かなりツンデレ。しかも女性兵士というコスプレ感も、今の萌えに近い。

セクシー系ドタバタコメディでは、1968年の永井豪「ハレンチ学園」がすでに存在し、PTAのおばさま方をめちゃめちゃ騒がせていた。

では、「うる星やつら」は何がすごかったのか。なぜ方々で「萌えの元祖」といわれることになるのだろう。ようやくうる星やつらを全巻読み終え、アニメ版も全話観終わった私に、ちょっと熱く語らせてほしい。

うる星やつらのあらすじ

まずはうる星やつらのあらすじから。

宇宙人である鬼族が、地球侵略を仕掛ける。鬼族は圧倒的な技術力と軍事力を保有しており、武力で容易に地球を手に入れるのでは簡単過ぎて面白くない。そこで、鬼族代表と地球代表とが一騎討ちで戦い、地球代表が勝った場合、おとなしく帰り、地球代表が敗れた場合、地球を占領すると宣言した。その一騎討ちは、鬼族の伝統に従い『鬼ごっこ』で行われ、期限内に地球代表が鬼族代表の角を掴むと地球の勝ち、鬼族代表が逃げ切ると鬼族の勝ちというものである。

地球の命運を賭けた「鬼ごっこ」の地球代表に選ばれてしまった高校生の諸星あたるは、当初やる気がなかったものの、恋人で幼なじみである三宅しのぶに「勝ったら、結婚してあげる」といわれ、彼女と結ばれたいがために鬼族代表のラムを追いかけ始める。あたるがラムを追いかけつつ発した「勝って結婚じゃぁ〜」の一言は、あたるが恋人で幼なじみのしのぶを想っての発言であったが、ラムは自分に求婚しているのだと勘違いし、それを受け入れてしまう。そのため、鬼ごっこには勝利、地球は侵略を免れるが、ラムは諸星家に住み着くことになった。

Wikipediaより

もうすでに梗概がおもしろい。まず宇宙人のモチーフとして「鬼」を選んだのが、当時は斬新だった。西洋SFの文化と日本文化を見事に融合させており、かつ今作の特徴である「ハーレム」という構図は源氏物語的な空気がある。

「うる星やつら」を読む前に知っておきたいこと

はじめに「これを知っていれば、もっとうる星やつらが面白くなる」という情報を書いておこう。

「何言ってんだ。このnote自体が、うる星やつらに入る前に知っておきたいことだろ」と自分でハリセン入れます。そのなかでも、特に知っておきたい豆知識的なことだ。

うる星やつらには原案がある

うる星やつらは1978年に刊行されたが、その前に高橋留美子のデビュー作「勝手なやつら」というマンガがあった。

新聞配達員の主人公が、半魚人、宇宙人、地球人の3人から別々に爆弾を体内に埋め込まれてしまう。というギャグマンガで、このときすでに高橋留美子はSFコメディを確立させていた。

この作品は読切にもかかわらず、サンデーのアンケートに上位に食い込み、読者は「もっと高橋留美子の作品が読みたいんですけど」と声を寄せる。

同時に同業のマンガ家たちも「久々におもしろいSFマンガが出てきたな」と驚き、編集長も「おいおい天才がきちゃったよ」と目を丸くした。まさに鮮烈なデビューを飾ったわけだ。

その結果「うる星やつら」が連載されることになったわけですね。当時、高橋留美子はまだ20歳の大学生だったというからびっくりだ。

「諸星あたる」の由来は諸星大二郎

そんな天才・高橋留美子はもともとSF大好き少女だった。彼女は今でこそ超メジャーな漫画家だが、中学生時代はかなりマイノリティな趣味であり「ガロ」にもマンガを投稿している。ガロについては以下の記事でどうぞ。

メジャー作品より、当時マイナーだったSFが好きで、なかでも石ノ森章太郎、諸星大二郎に影響を受けた。彼女はうる星やつらというメジャー作品を出す一方で「炎トリッパー」「闇をかけるまなざし」などのマイナーなSFマンガもリリースしていた。

「〜やつら」という作品名は石ノ森章太郎の「気ンなるやつら」をリスペクトしているのだろう。またうる星やつらのヒーロー・諸星あたるは、諸星大二郎の苗字から引用されている。

「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」で押井守とひと悶着

うる星やつらはマンガから始まったが、テレビアニメ全219話、劇場版6作、OVA12作、LP7枚と、メディアミックスでも最大級の成功を収めた。なんと「うる星やつら」だけで、100億円以上の経済的成功を収めている。

なかでもテレビアニメシリーズの初期のチーフディレクターはその後、日本を代表するアニメ監督になる押井守だ。彼は映画版「うる星やつら ビューティフルドリーマー」で監督を務めた。

この作品が元々のファンとしてはかなりの問題作だった。まったくラブコメの空気はなく、パラレルワールド・ワールズエンド系という、2000年代のラノベ風に仕上げたわけだ。

今の押井守を知っていれば「っぽいな」と思うかもしれない。しかし高橋留美子や原作ファンとしては「これは、うる星やつらじゃない」と思った。高橋留美子は今作を称えたうえで「この作品は押井さんの作品だと思います」と言った。この映画以降、押井守は「うる星やつら」に関与していない。

このエピソードから分かる通り、高橋留美子はSF好きではあったが、それよりもファンと自分の世界観を大事にするタイプだったのだろう。

しかし一方で押井守の世界観に世間が注目したのは言うまでもない。すごいですよ。1984年に「パラレルワールド」とか「別の世界線」みたいなエヴァやハルヒに通ずる作品を作ったわけですから。10年くらい時代を先取りしてたんですね。

彼は今作が出世作となり「攻殻機動隊」などのSF作品を次々に作ることになったわけだ。

うる星やつらが萌えの元祖たる理由 〜ラムという斬新なヒロイン像〜

さて、ではここから「うる星やつら」がいかにして萌えの元祖になったかという本題に移ろう。

マンガ読者は「うる星やつら」の何に萌えたのか。言うまでもなくラムちゃんだ。しかしこのキャラクターはもともとゲストキャラ的な扱いで、原作の2話まではほとんど登場しない。

当初のメインヒロインは諸星あたるの恋人という設定だった三宅しのぶちゃんだったわけです。

しかしラムちゃんというキャラの人気は絶大だった。その結果、編集部判断で「ラムが諸星家に居候する」という設定が追加される。

先述したように、それまでにも萌えキャラはあったといえるが、ラムちゃんは斬新だったのだ。

ラムちゃんの斬新なキャラ設定

・つり目
・デレツン
・天真爛漫
・一途
・健気
・セクシーさ
・方言
・宇宙人で鬼

それまでのヒロイン像の多くは、タレ目で清楚で三歩後ろを歩く、みたいな古き良き女子像のキャラクターが多かった。そんなステレオタイプを打ち壊した……というわけでもないんです。このバランス感覚がのがすごい。

彼女は確かに気が強いんですけど、ダーリンこと諸星あたるを突き放すわけでもない。そんな不思議でつかみどころのないキャラクターがラムちゃんだったんですね。

ドタバタコメディにおける「10代のセクシーキャラ」

新しかった要素の1つが、ラブコメにおいて「10代ののセクシーさ」を描いたことだろう。高校生という設定で、常に虎柄の水着を着ている。

ラムちゃんは宇宙人なので、年齢は定かでないが、高校に通っているので17歳とみなされる。少年マンガ雑誌で、こんなにホットなヒロインが出てくるわけだ。高校生諸君はもう、たまったもんじゃない。

だんだん激しくなる一途さ と 健気さ

また先ほどの要素のなかでいうと「一途さ」と「健気さ」もラムちゃんの魅力の1つだ。とにかく諸星あたるのことが大好き。なにかと「ダーリン好きだっちゃ」とデレデレしながら抱きついてくる。もうこれだけで可愛いのだが、中盤以降になると、二人の関係が変わってくるのがおもしろい。

最初はラムちゃんの積極性にたじたじだった諸星が、だんだん女たらしキャラになっていくわけである。これは高橋留美子もインタビューで「ストーリーに動きがなくなったので、女たらしにした」と語っている。

すると、ラムちゃんは自然とやきもち焼きのキャラクターまで追加されたんですね。個人的にはこの変化が「萌え」を作った最大の要因だと思います。どれだけ諸星が他の女性に目移りしても、一途に追いかけ「ダーリン!何してるだっちゃ」と電撃を喰らわすんです。

かと思いきや、本気で落ち込むような瞬間もあるのだ。これは後年「らんま1/2」の天堂あかねに引き継がれるキャラだ。高橋留美子はここがすごいんです。

ラムちゃんだって、アホじゃない。ちゃんと落ち込むんです。浜崎あゆみ好きのギャルみたいな。パリピナだけじゃないんですよね。めちゃめちゃ人間味があるんですね。宇宙人の鬼だけど。

すると女たらしの諸星あたるも「大丈夫か」と、慰めたくなる瞬間があるんです。そりゃ読者も一緒になって慰めますよね。これが「萌え」だ。

ロリコンブームとコミケ人気があった

冒頭で永井豪の例を出したが、彼は「キューティーハニー」で16歳のセクシーヒロインを描いている。しかし彼の男性らしい劇画タッチでは「萌え」は生まれなかった、ともいえるだろう。ちょっと迫力がありすぎる。

「うる星やつら」が出てきたとき、オタクたちの間には「ロリコンブーム」があった。今では考えられないが、「風の谷のナウシカ」や「カリオストロの城」を描いた宮崎駿が本気で「ロリコンの伝道師」といわれていた時代だ。

そんななかラムちゃんやしのぶは、大きなおともだちから絶大な人気を誇るわけである。この背景には、高橋留美子のならでは表情の豊かさがあるといえる。いわゆる、るーみっくわーるどですよね。中指と薬指だけ曲がる表現とか。すごくコミカルで可愛らしかった。

また同時期に盛り上がりはじめたのがコミックマーケットだった。当時のコミケは「うる星やつら」のアブナイ同人誌がズラーっと並んでいたと言う。つまりある意味で、時代に愛された作品でもあったわけだ。

作者もよくわかっていなかった「ラムちゃん」のキャラクター

さて、今回は「うる星やつら」が萌えの元祖といわれる理由について紹介した。最終的にまとめると、これらの理由が合わさった結果、萌えを作ったのだろう。

・女たらしの諸星あたるを一途に想い続ける健気さ
・ラブコメのなかでのセクシーさ
・女性マンガ家ならではのライトな表現
・時代がロリコンブーム・コミケ黎明期だったこと

ここに「宇宙人・鬼族」「独特な方言」「超能力者」「居候」などなどの膨大なキャラクター要素(萌え要素)が入ってくる。とにかくラムちゃんというキャラは、日本マンガ史でもトップクラスにキャラクターが濃い。

そんなラムちゃんについて高橋留美子は「自分から最も遠い存在で、理解できない」と語る。ちなみに押井守も「1年半アニメやったけど、結局よく分からないキャラ」と言っている。

総括すると、この「よくわからない」こそがラムちゃんの魅力なんじゃないかと思うわけである。これだけ色んなキャラクターを備えているのに、理解できない沼の深さ。そのミステリアスさに私たちはハマってしまうんでしょう。

そんな「うる星やつら」のマンガ版の最終回は非常に泣ける。「終わってほしくないなこれ」と思うこと間違いない。くぅー、すっごく書きたいけど、ネタバレ嫌なので、ぜひ皆さん読んでみてください。

きっと最終巻を読むころには一途で健気で宇宙人で鬼でデレツンでセクシーなラムちゃんに萌えまくっていること間違いなしだ。


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