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諸星大二郎について|経歴・暗黒神話・妖怪ハンターなどおすすめ作品・2021年新作レビュー

「諸星大二郎が好き」

もう、この言葉は私の周りでは100%言われるものだ。「100%」ってなかなか書けないよ? 超ハイリスクな言葉だが、いやでも本当に100%なのだから、胸を張って書ける。

「いくえみ綾のデリケートな人間関係が好き」という友人や「コナンの巧妙すぎるトリックが好き」という、まったく趣味の違う友人におすすめしても「すげえ面白かった」と興奮気味に感想を教えてくれて自発的に2冊目を買っていたりする。

もしかしたら「ワンピースの仲間観ってはんぱねぇよな!」とZIMA片手に語ってくる薄サングラスツーブロックはハマんないかもしれないけど、友だちにいない属性なので、おすすめしたことはない。

本来、諸星大二郎先生の作品はとても奇妙でとにかく怪しい。神話や民俗学をモチーフにしたもの、またオカルトチックで少々グロテスクな描写があるものなど、本来は好き嫌いがはっきりと分かれる作風だろう。しかしとても多くの方がその作風に引きこまれるのである。

今回はそんな超天才・諸星大二郎先生について、超僭越ながら経歴、作品紹介、新作のレビューなどを書こうと思う。

諸星大二郎の略歴と逸話

諸星大二郎先生は1949年生まれ、2021年1月現在で71歳の大ベテランだ。高卒後はなんと公務員だった。今のイメージとは真逆の職業ではないか。意外過ぎる事実である。

在職中、19歳の際に手塚治虫の虫プロが主催する漫画雑誌「COM」の「ぐら・こん」という投稿コーナーに出していたそうだ。そこで入賞した「じゅん子・恐喝」でデビュー。タイトルが最高過ぎて笑う。読点じゃなくて中黒なのがめちゃめちゃ楽しい。「映画監督・スピルバーグ」みたいな。「じゅん子・恐喝」ってもう「じゅん子という職業の恐喝さんの話」だよね。

同作を投稿した経緯について諸星先生は「特に漫画で飯を食うとは思っていなかったが、自分の作品は漫画界でどの立ち位置にあるのだろうと思って」と謙虚に話している。

その後、25歳のときに「生物都市」で手塚賞に入選。このとき、入選は満場一致での決定だったが、無名の新人なのにあまりにおもしろいので「既存の作品のパクリではないか?」と選考委員の筒井康隆が質問攻めにあったという。当時から、選考委員はまだ世に無い奇妙な面白さ……いわゆる「諸星節」に驚いたのだろう。

25歳で週刊少年ジャンプ(これも知らない人は意外じゃない?)での連載を始める。「妖怪ハンター」「孔子暗黒伝」、そして数々の漫画家に影響を与えて後年OVA化もされた「暗黒神話」などをジャンプで連載。高橋留美子は暗黒神話ですっかり諸星大二郎のファンになり、うる星やつらの主人公を「諸星あたる」にした、というほど影響を受けた。すごいエピソードだが、高橋留美子もやはり超能力・妖怪・異形系のマンガが多いので大いにうなづける。

その後、細野晴臣にも影響を与え、YMOの名曲「MADMEN」のインスピレーションにもなった「マッドメン」などを連載。そして1983年に「西遊妖猿伝」を執筆開始(なんとまだ連載中)。この漫画はヒット作となって諸星大二郎の名前が広く広まることになった。

手塚治虫にも描けない諸星大二郎のタッチ

そんな諸星大二郎の絵には、他の作家にはない特徴がある。先日のNHK「漫勉」で浦沢直樹が本人に向けて語っていたが、やはり「確定した線」を描かない。ペン入れがまるで下書きのようにタッチが細かく、とても曖昧な線になっているのが特徴だ。

本人は「自信がない」と笑いながら謙遜していたが、このタッチのあやふやさが諸星作品の「なんともつかみどころのない怪しい空気」を構築しているのは間違いない。そしてこの絵はまさに諸星大二郎にしか描けない発明だ。

諸星大二郎の独特な画風にアシスタントは最初のころ「どこをどう手伝うべきか分からない」と言っていたそうだ。また神様・手塚治虫も「諸星さんの絵だけは描けない」と星野之宣も交えた鼎談にて話している。

特に手塚治虫は自分の漫画絵を「絵ではなく記号」と呼んでいるほど簡潔な絵だったので、そこに乖離があったのだろう(漫勉では「(人物画において)手塚治虫の絵の可愛らしさは諸星作品に共通する」とあったが)。

ここまで書いて分かる通り、諸星大二郎はまさに漫画家やアニメーターにファンが多い。高橋留美子、藤田和日郎、手塚治虫、星野之宣はもちろん、宮崎駿と庵野秀明がナウシカの制作中に諸星作品で盛り上がっていたエピソードはあまりに有名だ。

諸星大二郎の民俗学的作品一覧!

諸星作品は基本的に民族伝承などをモチーフにした作品が多い。単なるホラーマンガではない。先生の作品のラインナップを並べると以下の通りだ。

「暗黒神話」
「夢みる機械」
「アダムの肋骨」
「孔子暗黒伝」
「徐福伝説」
「コンプレックス・シティ」
「マッドメン」
「地獄の戦士」
「西遊妖猿伝」
「砂の巨人」
「失楽園」
「諸怪志異」
「無面目・太公望伝」
「ぼくとフリオと校庭で」
「海神記」
「不安の立像」
「天崩れ落つる日」
「夢の木の下で」
「私家版鳥類図譜」
「スノウホワイト グリムのような物語」
「私家版魚類図譜」
「未来歳時記・バイオの黙示録」
「巨人譚」
「闇の鶯」
「ナンセンスギャグ漫画集」
「瓜子姫の夜・シンデレラの朝」
「あもくん」
「BOX -箱の中に何かいる-」
「諸星大二郎劇場(短編集)」
「幻妖館にようこそ」
「妖怪ハンターシリーズ」
「栞と紙魚子シリーズ」
Wikipediaより一部引用

作品のなかにはもちろん、怪異だけを描いた作品もあるが、多くが民俗学、宗教学的な要素をもとにしたSF作品になっている。個人的には「私家版鳥類・魚類図譜」がイチバン好きな短編集なのだが、この2つのモチーフに関しても、魚はユダヤ・キリスト教でいう「新たな生命」、鳥はエジプト文明などでいう「霊魂」の象徴なのである。

諸星大二郎の絵のすごさを描いたが、個人的には諸星大二郎のすごさは物語の構成力にあると思っている。この作品紹介として代表作のSFマンガ「暗黒神話」を例に挙げてみよう。

「暗黒神話」に見る、すごすぎる物語の構築力

「暗黒神話」は民俗学や妖怪、神話など、諸星ワールドががっつり詰まった一作だ。現代に生きる小学生「たけし」がヤマトタケルの生まれ変わり、かつアートマンとして運命に翻弄される話を描く。

この一作にはいろんな伝説が登場する。東洋哲学、日本伝承、仏教、ヴェーダ教、妖怪じみた異形などなど、本来は交わらないはずの民俗学が、まさに点と点が結びつくように再構築され、1つの物語として着地するわけだ。読んでいると、中盤で思わず唸る。「全然違う土地の伝説なのに、なんで違和感がないんだろう!」とびっくりする。その背景にはありえないくらいの知見の広さがあるし、取材力も感じる。諸星先生の仕事場にはすごい量の資料がある。本当に好きなんだろうなぁ。

それ以上にびっくりするのは、この作品が「週刊少年ジャンプで連載されていた」ということだ。この点に関しては仮面ライダーなどで脚本を書いている中島かずきさんが当時の連載作品を例に挙げて読者目線で解説していた。当時の週刊少年ジャンプのラインナップは以下の通り。まぁ見事にギャグマンガとスポーツマンガばっかりで、SFマンガはことごとく打ち切り対象になっていたという

『サーキットの狼』『ドーベルマン刑事』『悪たれ巨人』『プレイボール』『サテライトの虹』『アストロ球団』『1・2のアッホ!!』『トイレット博士』『ゼロの白鷹』『ど根性ガエル』『包丁人味平』『ブルーシティー』『温泉ボーイ』
出典:このマンガがスゴイWeb

当時は(今もかも)SFマンガなんて流行らないもので、暗黒神話もごたぶんに漏れず打ち切りになったそうだ。しかし打ち切りと思わせない見事なラストである。超おしゃれなオチで気持ちいい。今では雑誌未収録のオチを収録した「完全版」が出ている。

また中島さんは諸星さんが一時期「コラージュづくり」にハマっていたことも引き合いに出していた。「あっ……」とピンときたのはいうまでもない。あらゆる土地の、違う伝説を1つの作品にまとめるのはまさにコラージュだ。私もたまにコラージュ作品を作っているが、なんというかコラージュには「心地悪い気持ちよさ」みたいな雰囲気が出る。諸星先生の作品に通ずる感覚だ。

【2021年版】新作「美少女を食べる」は諸星大二郎の怪しさを物語る一冊

また個人的に諸星作品の好きな部分は「実につかみどころがない。ふわふわした表現」にある。薄雲を掴むような不思議な心地になる。ちょっとその実例を、新作の「美少女を食べる」で例示してみよう。ちなみに美少女を食べるは「諸星大二郎劇場(短編集)」の新作だ。

「美少女を食べる」ってもう、タイトルからしてかなり諸星大二郎テイストが詰まっている。短編集ではあるが、すべての作品に生き物を食べる、またカニバリズムのようなグロテスクさが感じられる作品。ちなみに直接的な描写はあまりないので、意外とグロ苦手の方でも読めるかもしれない。あらすじを書くと以下の通り。

舞台はレストラン。今晩は8人の金持ち変態メンバーからなる悪趣味クラブの貸し切りだった。主催者のアシュトン卿が「今回の趣旨は若い娘の人肉を食べることです」と説明。メンバーは「いやいや、嘘つけ」と笑う。過去の話を始めるアシュトン卿……。

昔、中南米のレストランでは特別ディナーがありました。私はその特別ディナーに招かれたのです。会食がの前に料理長がこう挨拶をしました。「メインディッシュは美少女のステーキです」。でも信じる者はおらず「ステーキとして調理されているなら何の肉かは分らんだろう」と言います。そこで料理長は「食材となった少女の写真」を出しました。みんなは調理中の写真などを求めましたが「牛の生首を見て飯食わないでしょ」と料理長は断ります。それを聞いて客は「ああ、そういうコンセプトディナーね。アトラクションね」と冷めてしまいました。アシュトン卿が「じゃあ(一目で人肉と分かる)タンは出せるのか」と尋ねると「少女一人分の舌では全員に出せないけど、コックに聞いてみる」と答えました。

食事がはじまりスープを飲んでいるとマネージャーが現れて「食材になる直前の写真をご覧いただきます」と少女が椅子や木の板の上に縛り付けられている様」の写真を渡します。また少女のドレスや行方不明になった時の新聞記事などを見せました。客が「演出やばい。ガチすぎる」と感嘆していると、問題のリブロースのステーキが運ばれてきました。客は舌が肥えた金持ち達。牛肉でもラムでもない”食べたことの無い肉の味”でしたが、珍しい動物の肉を出しているだかもしれない。まだ確証はないのです。続いてもものステーキを食べているとフロアマネージャーが食材の美少女が作ったという詩や日記を読む演出を始めます。すると急に1人の女性が入ってきて尋ねました。「聞こえてきた詩が行方不明になった娘の作った詩とそっくりなんです」。さらに写真やドレスを見て「娘をどうしたんだ!」キレ始めました。声を上げる女性を追いだそうとするフロアマネージャー。参加者たちは口々に「長い髪の毛が入っていた」「スープに指輪が入っていた」などと言い出します。演出と思っていたが、もしかして……。そこに警察が入ってきて言います。「レストランで殺人をして、怪しい会合を開いていると言う密告があった」と。参加者全員は警察署に連行されるも、取り調べはすぐに終わり釈放となりました。「ここまでが演出……?」アシュトン卿はそう思っていました。警察署を出て部屋に帰るとアシュトン卿の部屋に、あるものが届けられました。それは人間の舌くらいの一切れのタンステーキ……。「凝ってるなぁ」と思いつつステーキにナイフを入れると……タンの中から、人間の歯が出てきます。同時に、出入り口の扉が騒がしくなり、扉を見ると紙切れが挟まっていました。その手紙には「私の娘はお口に合いましたか?」というメッセージが。

説明を終え、アシュトン卿は悪趣味クラブの面々に歯を見せます。「みなさんはこの話を聞いてどう思われましたかな?真相は分かりません。確かめる方法はただ一つ、本物の少女の肉を食べて比べてみること」と。そこで今回このレストランに、あの人肉料理のレストランを呼んだといいます。「これが今回の食材です。といってテーブルの布を取ると美少女の写真が出てきました。その瞬間、進行役の男性が立ち上がり「それは数日前から行方不明になっている私の娘だ!」といいます。しかし悪趣味クラブのメンバーは微笑んで「これも演出かもしれませんよ?とにかく食べてみましょう」といいます。ラストはメタ(諸星先生)の視点で読者に「これは本当に美少女の肉だったのでしょうか」と問いかける形で終了。なお、進行役の人も最後はステーキにナイフを入れている。

このラストの気持ち悪さが最高でした。明確な答えを載せないのが諸星先生チックでいい。超気持ち悪い。少女の首とかを載せちゃいけないんですよねこの話。余白があるからこそ、悪趣味クラブが最後、肉を食べているシーンが最高に怖いし、気持ち悪い。

ちなみにこの本は短編集で、他の話もたくさん収録されているが、どれも結末は非常にあいまいなのである。この結末の気持ち悪さを楽しめる人はきっと悪趣味クラブの一員になる資格を持っている。個人的には「俺が増える」という話が大好き。怖さのなかにギャグもあってたのしく読める作品だ。

70歳を超えてなお進化し続ける諸星先生のバイタリティを見習いたい

諸星先生のお顔も、話し方も先述した漫勉ではじめて拝見したのだけれど、こんなにのほほんとした方なんだ、と。優しい口調で、すごく謙虚で、でもこの方の頭のなかにはあんなに恐ろしいストーリーが詰まっているんだな、と考えると「諸星先生、やっぱりすんごい怪しい人……」と人間としての魅力に気付き始めてしまうのです。

「美少女を食べる」でホモセクシャルにも挑戦していたりする。すごい。70を超えてもこんな発想が出てくるのかと考えて、めちゃめちゃ感動するわけだ。年取ってもこうありたいですよね。楽しいこと、おもしろいことばっかり考えて生きていきたいものです。

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