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丸尾末広とは|経歴から「美しさ」と「エログロ」の源泉を探してみる

江戸川乱歩が好きな人は、おそらく夢野久作が好きだろう。そして夢野久作が好きな人は、ほぼ100%丸尾末広にハマる。「芋虫」と「瓶詰めの地獄」が並ぶ本棚には「少女椿」もあるはずだ。

きゃりーぱみゅぱみゅが5年ほど前に、お目目モチーフのアクセサリーを流行らせた。のを見て「眼球はかわいいよね〜(にっこり)」とプラスチックのおもちゃじゃ我慢できなくなる系の人種が、この方程式に当てはまる。ポップなエログロより本物のエログロのほうが好きなのだからしょうがない。

平成〜令和の今観ると、彼の作品はあまりに斬新だ。大正時代のポスターのような画風。そこにエログロやナンセンスがのってくる。なので決して大ヒットはしない。ただ限られた層にだけ強烈に響く。立派なメジャー漫画家だが、いまだにアングラの香りが残り続けている。

そんなカルト的人気を誇る丸尾末広のマンガだが、彼が何に影響を受けたのかは、あまり知られていない。そこで今回は丸尾末広について経歴を追うとともに、彼がどんな作品に影響を受けたのか、についてみていきましょう。

丸尾末広の生涯 〜劇画ポスターとチャップリン〜

丸尾末広は1956年に長崎県で生まれる。幼少期〜少年期となる1956年代後半〜1960年代というと、トキワ荘出身の藤子不二雄や赤塚不二夫らが、少年向けのマンガでスターになった時代。またそれに張り合うように劇画タッチのマンガが生まれた。さらにいうとサンデーやマガジンが創刊されるなど、マンガ文化が国内で花開いた時代だ。

丸尾末広も幼いころから、少年キング、少年マガジンなどを読んでいた。そんなマンガ少年の丸尾は1972年に中学を卒業。高校進学をせずに、マンガ家を目指して上京する。

また実家を出た動機として「家にいたくなかった」とも語っている。丸尾末広は「父とは合計でも5分くらいしか話したことない」というほど、両親とウマが合わなかったそうだ。彼は幼いころから、親戚の家と実家を行き来しており「誰にも依存をしない」人生を歩み始めたという。

そんな丸尾青年は16歳、東京で製本所に就職。しかし無断欠勤のため2年で退社し、30以上もの仕事を経験した。そのなかには、スリの見張り役など、危ない仕事もあり、自身も19歳にしてスリを始め、20歳のとき、ピンクフロイドのレコードを盗み留置所に入っている。ピンクフロイド……前衛バンドというのが彼らしい。

さて、丸尾末広は16歳から板橋区の四畳半アパートでマンガも描いていた。17歳で集英社の「少年ジャンプに持ち込むも「劇画は少年誌には合わないんよなぁ……」と言われ掲載に至らず、ここで一度マンガを辞めている。つまりこのときから、すでに丸尾末広の絵は丸っこい手塚テイストではなく、よりリアルな劇画タッチだったわけだ。

ではその期間は何をしていたか、というと「チャップリンの映画」を観ていた。1970年代は世界的に「チャップリンブーム」が来たんですね。1930年代の映画のリバイバル上映が相次ぎ、50年の時を経てチャップリンはアカデミーを獲るんです。

丸尾末広もそのブームのまま、映画館に足を運んでいた。そこから「1930年代の作品っておもろい」と、同時期の作品をディグったわけだ。

なかでも丸尾末広は大正時代の挿絵画家・高畠華宵に影響を受ける。

高畠華宵 挿絵

高畠華宵 挿絵

この影響によって、丸尾末広の画風が決まったといってもいい。大正時代のロマンあふれる劇画タッチが、彼の作品の代名詞となるわけだ。

高畠華宵のペン画の特徴

高畠華宵の絵は総じて美男子、美少女であり、独特な下三白眼が特徴的だ。黒目を小さめに描くことでキリッとした目つきになり、どこかクールで儚げな印象になる。

また、犯罪生物学の創始者・ロンブローゾが「斜視・三白眼は犯罪率が高い」とめちゃくちゃな理論を言った。もちろん現在では否定されているが、それほどまでに危険な魅力がある。

また眼でいうと、1枚目の美少女図鑑の表紙のような、すこし左右で黒目がズレている描き方。いわるる「斜視」だが、これはのちに丸尾末広の代名詞となる表現である。

高畠の絵は大正時代に、特に女性から圧倒的な人気となり、ファンレターが殺到したという。地方から高畠宅にやってくる女学生が後をたたなかったそうだ。丸尾末広は彼の絵を踏襲しているが、美しさだけでなく、そこにグロテスク、エロスを加えた。

丸尾末広の経歴 〜アダルト本でデビュー、アングラマンガ家として活躍

その後、24歳でデビューを飾る。初めての掲載誌は「エロス'81」の劇画悦楽号2月号増刊だ。簡単に言うとエロ本のマンガコーナーでデビューした。作品は「リボンの蛇少女(のちにリボンの騎士)」。とにかく肉を食うことに飢える少女のカニバリズムを描いた。たった4Pだが、非常に革新的な作品だった。

すでにデビュー作にして丸尾末広の画風と、エログロモチーフは完成していたわけですね。

なぜアダルト本で発表したのか、というと時代として「アダルト本全盛期だった」という部分が大きい。また、先ほど「ジャンプに断られた」と書いたように、丸尾末広のエログロ全開の世界を表現できる舞台が限られていた。

このころから小説の表紙絵なども描き始め、丸尾末広の唯一無二の画風は評価されるようになる。そんななか、26歳にして「ガロ」でデビュー。この後から丸尾末広の作品の場は「ガロ」がメインとなる。

ガロは基本的に「原稿料は払わないが、好きに作品を出してもいい」というスタンスであり、丸尾末広のような異端のマンガ家にとっては絶好の舞台だったわけだ。

また同年にガロの出版元・青林堂から初の単行本「薔薇色ノ怪物」をリリースした。また作家・夢野久作をオマージュした「夢のQ-SAKU」も刊行する。

この2年後には代表作「少女椿」を刊行。見せ物小屋に迷い込んだ少女・みどりを主人公とするこの作品は、のちに実写映画化されるまでの人気を博した。

しかし1970年代の丸尾末広は、まだ地下のマンガ家であり、世間に広く認知されてはいなかったのが実情だったんですね。

丸尾末広の経歴 〜1980年代に一気に知名度を高める

そんななか、1980年代に入ると、寺山修司のアングラ演劇がはじまり、音楽界では「インディーズブーム」が到来する。つまり、メジャーだけでなく、アンダーグラウンドに注目が集まるわけですね。

そんななか、アングラマンガ家である丸尾末広に世間が気づき始めるのも自然な流れだった。ただしマンガ家というよりイラストレーターとしての認知が先だ。インディーズ音楽界で名を馳せていた「ザ・スターリン」や「筋肉少女帯」のCDジャケットで彼は世に才能を知らしめた。

またマルチに才能を発揮し、1985年には飴屋法水の劇団「東京グランギニョール」の演劇「ライチ光クラブ」でポスターを描くとともに、役者としてもデビューした。

このあと、同じく劇画マンガ家の古屋兎丸がライチ光クラブをコミカライズするのもおもしろい。古屋は原作の「ライチ光クラブ」を観ていたらしく、2008年の日記で丸尾末広と初めて会ったときのことを興奮気味に書いていた。

さて、世の中から認知されるなかで、丸尾末広は1980年代も基本的に青林堂からリリースしていた。しかし1990年代に入って、彼は秋田書店、徳間書店などのメジャーな出版社から作品を出すようになる。

1994年には「犬神博士」、1995年に「風の魔転郎」、1996年に「ギチギチくん」をリリースした。特に風の魔転郎やギチギチくんなどの作品は、それまでのグロテスクな世界とは違って、子どもでも読めるようなライトな話だ。

2000年代に入ると、江戸川乱歩や夢野久作原作のマンガをいくつか刊行している。なかでも乱歩原作の「パノラマ島綺譚」で手塚治虫文化新生賞を受賞。名実ともに丸尾末広がメジャーのマンガ家になったのはこの作品からともいえる。

"丸尾末広病"はもはや生活習慣病の一種だ

さて今回は丸尾末広について紹介した。冒頭でも書いたが、日本には「エログロの系譜」というものが確実に存在する。

丸尾末広は確実にその一人であり、また江戸川乱歩、夢野久作はもちろん、江戸時代の異端画家・月岡芳年についてもマンガを描いている。ある意味この系譜は丸尾末広によってひとつの完成を見せた。

その背景には丸尾末広の多様すぎるバッグラウンドがあるに違いない。近代小説特有のエロスと暴力。高畠華宵の美男子・美少女像。また時折顔を覗かせるチャップリンのブラックユーモア。

それぞれのユニークな世界観を、丸尾末広は見事に融合させた。その結果、とても斬新な世界観が生まれたのだろう。

単純なエログロを求めて、丸尾末広の作品に行き着くサブカルさんもいると思う。しかし彼のマンガはそれ以前に絵としての美しさがあり、ナンセンスさもある。同じ劇画タッチでも、さいとう・たかをや白土三平のような雄々しさはなく、むしろ女性的で繊細だ。

丸尾末広の画風の後継は古屋兎丸、最近だと和山やま、ちょっと遠いが佐野奈見などが挙がるだろうが、それでもまだフォロワーたちは読みやすさに寄せている。「丸尾末広はマンガ家として唯一無二なのだな」とあらためて実感してしまうんですね。

もちろん、それぞれの作家に個性があるという前提だ。ただし丸尾末広のマンガの個性は、あまりに強烈なのも確かだろう。

彼の強烈な世界観は彼にしか作れないものだ。だから私たちが溺愛してしまうのは、もはや当然のことであり、丸尾末広のファンはもはや盲目的に作品を買い漁り、薄暗い部屋で赤い目をしながら読み漁るほかないのである。

それはもはや生活習慣病の一種。しかし時にはそのディープな世界観に溺れてみるのもいいと思うんです。まずは代表作の「少女椿」から、ぜひ手に取ってみてはいかがだろうか。

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