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【観察力】鋭い観察力を味わえる色川武大『怪しい来客簿』

今、無人島に一冊だけ、本を
持参するなら、私は
色川武大『怪しい来客簿』を選びたい。

この本は、
15〜20ページの作品が17編、
集められた短編集です。

どれも、実話で、
作者が回想するスタイルをとり、
出会ってきた知人奇人変人たちを
一筆書きでさらさら、
スケッチしていくんです。

スケッチのタッチや
対象人物との距離感が
なんとも絶妙にして精緻なんです。
だからか、気持ちが鎮まるんです。

少し本文を紹介させて下さい。
「来客というものはおかしなもので、
不意の来客はそれほど驚かないが、
決まりきった客が約束があって
私の家を訪れてくるという場合、
こちらも身構えるような気分になる。」

私はこれを読んだ時、
私が今まで言葉にできなかった
奇妙な感情をうまく言い得ていて、
鳥肌がたちました。
その日の流れで人と出かけるのは
そんなに気にならないのですが、
数週間前に約束した場合、
当日が近づくにつれて、
だんだん緊張が増してくるんですよ。
相手がイヤな訳ではないのに。
不思議だなあと思ってました。

また、こんな文章があります。
「関東平野で生まれ育ったせいで
あろうか、地面というものは
平らなものだと思ってしまっている
ようなところがある。
したがって、山というものが、怖い。
海も不可解である。雲も怖い。
だから私は花鳥風月が愛せない」

これについては、
山を見て育った私は逆で、
平地が怖い。
平地がどこまでも平らに続くという
感覚にはなれないでいて、
息がつまりそうになる。
時々、山や森や川を見ていないと、 
なんだか感覚がおかしくなる。
平地恐怖症でしょうか。
それも色川武大のこの文章を読み、
腑に落ちました。

また、こんな文章があります。
今から手術を受ける主治医について、
精細な気持ちで観察しています。
「とにかく彼は、対人関係だけでなく、
すべてのことに慣れず、
慣れようともしてこなかった。
その結果、中年に達しながら、 
まだ自分の楽な姿勢を見つけていない。
妙な言い方だが、そこを私は信頼した。」

色川武大は、人間はいったい、
どんなふうに他人を信頼するのか?が
よく描かれています。

一般的に、凡人は、
自分の楽な姿勢を見つけるでしょう。
それをしないか、できない人は
自分や他人にとても誠実な人である。 
そこが色川には好感がモテたんです。

色川武大は、恐るべき自己観察や
他人観察をし続けている。
何気ない瞬間でさえ、
それがよくわかりました。

こんな文章がたくさん味わえる
色川武大の珠玉作『怪しい来客簿』は
だから、何度も何度も何度も、
読み返したくなるんです。

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