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突発的な短編マガジン

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1話完結の短編です。
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#掌編小説

輝く殴打

 ――最近のひとは、『ガラスの灰皿』と聞いても、なんのことか分からないらしい
 そんな噂を聞いたので、僕は、もう少し適切な凶器を考えることにした。
 パブリックイメージに合う、適切な、資産家の男性を殴りつけるのにふさわしい鈍器とは。

 一応確認しておくと、ガラスの灰皿というのは、そのままずばり、ガラス製の灰皿である。お皿みたいな薄いものではなく、分厚いガラスの塊だ。
 複雑にカットされた表面は、

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仔鴉占い処

「……人は、人に迷惑をかけたくないときに、占いにハマるんですね。初めて知りました。占いに来たくなるなんて、人生初です」
 そう言ってうなだれてみせたのは、本日午後一発目の迷える仔鴉・夏野楓さん、二十七歳。百貨店の販売員だった。
「どうなさいましたか」
 僕は努めて優しく、ほんの少し身を屈めて、下から覗き込むように目を合わせる。
 夏野さんは、少し驚いたように目を見開いたあと、視線を泳がせながら所在

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会見に至る病

 僕は一刻も早く傑作を書いて、ポー像を手に入れたかった。大学の授業中も、食事中も、風呂の中でも、いつもミステリについて考えていた。
 だから、運転中に警察官に呼び止められたときでさえ、『殺人事件でもあって、検問中なのかな?』と思った。僕の一時不停止だった。
 免許を取って三日目。エドガーアランポー賞を獲るより早く交通違反を犯すなんて、許されない。罰金は七千円。そんな金があるなら、小説添削講座に申し

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微熱は悪魔の魔具である

 絶対に休めない日の朝に、風邪を引いたかもしれないと思ったとき、人は何をするだろうか。
 薬を飲む、冷却シートを貼る、ねぎを首に巻く……。
 色々あると思うけれど、僕は、『熱があると信じないように、何度も計る』だと思う。
 要するに、三十六度台が表示されるまで、何度も計り続けるのだ。
 完全に挟まないように少し浮かせてみたり、うちわで顔をあおいでから計ってみたり、あとは、犬のように舌を出して口から

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弔いと殺蚊

 夏の訪れを感じるバリエーションは色々あると思うけれど、今年は、部屋に蚊が飛んでいたパターンだった。
 プンプンと、視界をちらつく仇。
 躍起になって殺そうとしたけれど、何度パチンと叩いても逃げられる。
 そこに意思はないと分かってはいても、あざ笑われているような気持ちになった。
 自分をもっと強く見せれば、殺せるのではないか――あるいは、作り声で雰囲気が出て、殺すまで叩き続ける執念が芽生えるので

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余裕の象徴、あるいは、スマホに電気を食べさせること

 僕たち人類がスマホの電池切れの心配から解消されたのは、いまから600年ほど前のことだった。
 空中に電気が浮かぶようになり、スマホはそれを自力で捕食し、呼吸するようになった。
 いまやスマホの性能は、1回の食事でどれだけ長く使えるか――腹持ちの良さで全てが決まる。
 スマホは魚のような存在で、空中の電気を求めて、常に口をぱくぱくと動かしている。
 そういうのが可愛くて仕方がないようなタイプの金持

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疫病と、開けなくてもいい箱の鍵

 原因不明、治療法なしの疫病が流行って、五年が経った。
 視線がかち合うと感染するという恐ろしい病、マグマグラ病。
 罹ると、頭に溶岩を流し込んだような高熱と激しい頭痛が続き、視界が真っ赤に煮えたって見えるのだそうだ。
 厄介なことに、このマグマグラ病は、感染した人が必ずしも発症するとは限らない。
 無症状患者が意図せずばら撒いてしまっているために、世界中でパンデミックが起きて、未だ収束のめどが立

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にはとり

 僕はよくわからないたまごから生まれ、自分で自分を定義しなければならなかったので、自らを『にはとり』と名付けた。
 意味は特になくて、なんとなく僕の顔がそれっぽいなと、揺れる水面を見ながら思っただけだ。
 僕はにはとりとして、生まれた橋の下で二年ほど生きた。
 ある日、川の向こうから舟がやってきて、僕を乗せていってくれることになった。
 僕は橋の下の友達に別れを告げて、向こう岸へ行った。
 そして

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