輝く殴打
――最近のひとは、『ガラスの灰皿』と聞いても、なんのことか分からないらしい
そんな噂を聞いたので、僕は、もう少し適切な凶器を考えることにした。
パブリックイメージに合う、適切な、資産家の男性を殴りつけるのにふさわしい鈍器とは。
一応確認しておくと、ガラスの灰皿というのは、そのままずばり、ガラス製の灰皿である。お皿みたいな薄いものではなく、分厚いガラスの塊だ。
複雑にカットされた表面は、宝石のようにきらきらと輝いていて――これがなんともまあ、金持ちの家の書斎に似合うのだ。
主人に呼び出され、嫌味ったらしい用件を聞き、雑に何かを頼まれるか何かの弱みを握られるかしたあと、咄嗟に殴るのに最適な鈍器。それがガラスの灰皿。
振りかぶったら、デスクライトが乱反射して美しいだろうな、とか。
女性の力でも、遠心力で頭蓋骨を陥没させられるかもしれないな、とか。
書斎の床は赤絨毯と相場が決まっていて、血がびっしょりと染み込むものである、とか。
その他諸々鑑みて、これほど殴るのに適切な鈍器は、他にないのではなかろうかと思う。
話を戻そう。
僕がいま殺したいと考えているのは、高校の担任の男性教諭である。
本当は近日中にサクッと適当に殺してしまおうと考えていたのだが、なんと、年末に別荘に招待されてしまった。
金持ちだったのである。
一緒に招待された友人は、自称探偵だ。他にも、美少女や腕っぷしの強い太っちょ、医学部受験を控える奴もいる。
別荘は古びた洋館。交通手段は細い山林を車で行くしかなく、そして当日は嵐の予報。
なんとおあつらえ向きなクローズドサークル!
もうこうなったら、ガラスの灰皿の出番!
俄然盛り上がったところで、冒頭に挙げた一文をツイッターで見てしまい、萎えに萎えた。
たしかに、僕はリアルには、ガラスの灰皿を見たことはない。
昭和のころは一家にひとつくらいは必ずあったと聞いた。
駅に灰皿があったり、職員室でタバコが吸えたなんていうのは、僕にとっては都市伝説レベルのものだ。
ガラスの灰皿は魅力的な鈍器ではあるけれど、それは時代にそぐわない――
こうなれば、なんとしてでも、ガラスの灰皿より魅力的で時代に合った鈍器を探さなければならないと思った。
しかし、どれだけ考えても、ガラスの灰皿を超えるような鈍器は思いつかなかった。
小学生のころ、風邪で学校を休んだ日に見た昼ドラで、思い切り振り上げられたあのガラスの輝き。あれを超えられなかった。
風邪の日に見るテレビの背徳感が、あまりにも甘美だったのかもしれない。
もう一度、深く検討してみる。
ガラスの灰皿は、突発的犯行には最適な鈍器だが、完全犯罪を誓って入念に準備をする類の殺人には、少々向かない。
青少年の担任殺しなら、小型のハンマーの方がよっぽど現実的だろう。
でも、僕が大事にしているのは、美しい殴打のイメージや絵面だ。
利便性を捨ててでも、ガラスに代わるような、キラキラした輝きを持ち、確実に一発で殺せるものである必要がある。
そして何より、探偵の友達が謎を解き、クラスメイトたちが仰天する驚きの方法でなければならなかった。
僕は、彼に断じられたかった。犯人はお前だと。
ところで、『ボディハッキング』というものをご存じだろうか?
これは、体の中に電子機器などを埋め込む身体改造だ。
マイクロチップを埋め込めば、手をかざすだけで改札を通れるかもしれないし、磁石を埋め込めば、まあ、何かと便利かも。
要するに、ピアスやタトゥーの延長線上の最先端を行ったものだと考えればいいのだが――僕はこれに目をつけた。
キラキラした鈍器がないなら、拳が光るようにしてしまえばいい。
そうだ、手の甲にLEDを埋め込もう!
殴るものはなんだっていい。手元が光ればいいのだから!
これが、僕の導き出した『ガラスの灰皿と同じくらい美しく輝き、ガラスの灰皿を超える驚きをもってして、資産家の教師を殴打する方法』だった。
そして、なぜ僕がこんなことを長々と妄想していたかというと、家に帰りづらいからである。
友達が住む団地の下で、時間を潰していた。
家族はギスギスしてるし、担任はそんな家庭状況を知っているくせに、『君は優秀だから、有名私大を目指した方がいい』とか言う。
唯一の人生の救いは、自称探偵の友達が愉快なことだ。
僕のこのアイデア、輝く殴打の話をしたら、彼は喜んでくれるだろうか?
先ほどラインを送ったら、『一分で行くから下で待ってて!!!』と返事が来た。
拳を突き合わせてウェーイってやるとき、片方がピカピカしていたら、青春の輝きは増すだろうか?
(了)
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