『女ともだち』 『麹町二婆二娘孫一人』 中沢けい を読む
飯田橋文学会@東京大学駒場キャンパス にて
作家・中沢けい×日本語文学研究者・渡邊英理 対談 を拝聴した。
著作から3冊『女ともだち』『麹町二婆二娘孫一人』『楽隊のうさぎ』を著者が選び対談。中沢文学を敬愛する渡邊先生と中沢氏との信頼関係が感じられる和やかな雰囲気の中、リラックスされた中沢さんからは創作秘話が語られ大変有意義な時間だった。飯田橋文学会のnoteでアーカイブが配信される。
その中でも、『女ともだち』『麹町二婆二娘孫一人』が特に印象に残ったので2作品を中心に読書感想を記す。
著者は17歳の時に『海を感じる時』で鮮烈なデビュー後、中編小説『女ともだち』を上梓。
夜間大学に通いながら昼間は仕事をする「私」は、高校時代の教師の娘である友人隆子、映画館のもぎりをしている女優の卵であるとき子と、飲み語りあい、一緒に眠ったりと「今」という時空間を共有している。神社の銀杏並木での情景描写や、夜空に瞬くオリオンの風景描写などが美しく、みずみずしい彼女たちは光り輝くような年代でもあるが、職業にまつわる男性社会ゆえの女性差別を感じ、また性体験を通して、女性として主体的に選択し行動することを真剣に考え模索する。
三人は、身体をくっつけあい、身の上や、自分の周囲で起こっていることを包み隠さず自然に話し、それをお互い自然に受け止め、言葉は交わすが、自分の価値観を押し付けるようなことはしない。三人とも自分の進むべき道を見つめたままで、お互いを見ていない。他者としての存在を尊重しているようにも見えるが、自分探しで精一杯のようにも見える。
これは中沢氏が朗読された一部だが、「エスケープ仲間」というのは、この三人の社会でのあり方だ。三人とも社会に出る前のモラトリアム期間であり、一時的にエスケープすることは、男社会や家父長制度から離れ、自分の欲求や気持ちと素直に向い合う自己確立のための手段である。
「私」の家は、隆子にとって、父親の息のかかる場所からの避難所でもあるし、三人が自分を見つけるための自由な時空間。それぞれの道を歩いていくための感性や意見交換の場所で、他者から投げかけられた言葉によって、自分の気持ちや考えを確かめていく作業を繰り返しているように思う。
自分の意思を貫き、関係を持ったとしても、相手にぞんざいに扱われることにより自分を傷つけること、自尊心を守るためには自分の身体を大切にすること、そんな結論が、「私」ととき子にシンクロして現れる場面は、ひりひりとその痛みが伝わってくる。
『女ともだち』がエスケープ同盟ならば、『麹町二婆二娘孫一人』はどうだろうか?こちらは、旧家のお嬢様である富子を筆頭に親子3代の女系家族とそのねえや(使用人)であった、きくとその娘の同居の物語。5人は亥年という共通項を持ち、女性同士で協力しあいながら、生活している。
『女ともだち』ではエスケープをして女性だけの空間を作り、それぞれの方向を見て、価値観を構築しようとしたが、『麹町』では、家父長制度の象徴の「家」から男たちはサボタージュして出ていってしまった。(当初筆者は、麹町もエスケープにより男性社会から逃れている物語と解釈したのだが、中沢氏よりX:旧ツイッターで返信をいただく)女たちはシェアハウスの中で主体的に生き、支え合っている。きくの娘の紀美ちゃんが再婚することになっても、お婿さんが通い婚すればよいなどと言う。
(冒頭部分)東京には、他の都市ような、東京らしい場所がない、という電車の中の紳士。それはこれまで明確だった家父長制度の崩壊を意味するようにも思える。あるいはこれという特色がなく雑多な価値観の集まりになってしまったようにも思える。そういう中にあって、東京を表す象徴的な絵葉書を買い求めようとする美智子。確かな何かが、女五人が暮らしてきた中に手応えを持って存在するのだろう。
大正生まれのきくさんから平成生まれの孫娘まで、その会話は、日本の近代の歴史を含み、懐かしくもあり、また忘れ去られていく伝統や風習を知ることができ、女たちの会話のかけあいも、思いやり深くて温かく、時にコミカルで、生き抜く力に溢れている。丁寧で豊かな暮らしぶりは読んでいてとても楽しく、穏やかな気持ちになり、こんな人たちと一緒に暮らし、分かち合いたい、シェアしたいと思えてくる。
両作品に共通しているのは、形にとらわれず、自分を大切にし、生きていこうとする女たちだ。生きる時代も背負った価値観も違うけれど、だからこそ、この女たちの中で自分に近いものを感じ取ることもできる。(もちろん反発もあるかもしれない。)この物語を通して、自分を探してみるのもよいし、他者と協力して行くこと、そこまで大袈裟でなくとも、会話し続けることの喜びに希望を見出してみてもよいと思わせられる。
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