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地獄変の「裏」を読む

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登場人物

堀河の大殿様 ・・・ お殿様。評判がとてつもなくいいが、超腹黒い。

若殿様 ・・・ 大殿様の息子。子猿に折檻をする。子どもで、大殿様の子
        ではあるが、悪いやつではない。

語り手 ・・・ 堀河の大殿様に20年以上仕えている人。

良秀 ・・・ 宮中の絵師。絵を描かせると右に出るものはいない。
       超嫌われ者で、これでもかというくらい悪い評判を持つ。
       吝嗇、慳貪、恥知らず、怠け者、強欲、横柄で高慢
       自分が本朝第一の絵師であることを鼻にかけている。
       世間の習わしやしきたりを全て馬鹿にする。
       (特に宮中の人はこれが許せないはず。)
       弟子がたくさんいるが、弟子からさえも呆れられる。
       年は50歳くらい。
       
       娘を溺愛している。
       絵を描くことにかけては、心が鬼になる。
       世界でただ一人、大殿様の本性を見抜いている人間。
       猿に似ているので猿秀と言われ、しばしば陰口される。

良秀の娘 ・・・ 15歳。母親を亡くしている。宮中に仕え
         始め、やがて小女房へ上げられる。
         良秀に全く似ておらず、器量もよくて愛嬌があ
         り、同じ女房仲間の間でも可愛がられている。
         若殿から折檻を受けている猿をかばい、猿と仲良くな 
         る。

猿 ・・・    丹波の国から殿様に献上された猿。人馴れしている。
         良秀の娘と仲が良い。
         娘思いの良秀の精神面が猿になったような感じ。
         

ストーリーは大殿様の評判の良さと、良秀の評判の悪さを対比させ、それを裏付ける具体的な出来事を述べることから始まる。ここで素直な読者は、大殿様は素晴らしい人で、良秀はやばいやつといった印象を受けると思う。もしそうであるとすれば、それは逆であるといってもいい。

では、ここで私が勝手に想像した大殿様の裏の心を紹介したいと思います。ここから私が考える大殿様の心情は、全て私の想像です。

良秀の娘を小女房に上げる前後

「若くてきれいな、愛嬌のある娘が宮中に入ってきた。何とか近づいて手籠

めにしてやりたい。何かいい手はないものか・・・。

まぁ、しばらく様子を見てみるか。宮中に入ってきた以上、
時期は自然と近づいてくるだろう。」

丁度その折、良秀の娘と若殿の間に猿を巡っての事件があった。若殿が猿に折檻をしようとしたところ、娘がそれをかばったのだ。そして娘になついた猿を誰もいじめなくなった。いじめていた若殿でさえも、猿をかわいがるようになった。

「よし、時期がきた。」

良秀の娘と猿を御前に出るように沙汰を下す。

「孝行な奴ぢゃ。褒めて取らすぞ。」と、紅の衵をご褒美に上げる。

衵 
束帯女房装束に用いられた下着の一種。衵は間籠の衣 (あいこめのきぬ) の意味で,間に着込める,つまり中間着である。男の束帯の場合は下襲 (したがさね) と単衣 (ひとえぎぬ) との間に着用し,女房装束では表着と単との間に着用するが,形態はそれぞれ異なる。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

つまり、下着をプレゼントした。ここは殿様の心を表現するのは控えさせていただきます。

その時、猿も愛嬌のある行動をとったため、大殿様は気分がよくなったと見える。いずれにせよ、大殿様には、この娘を気に入るだけの大義名分が立っつことになります。

「うまくいったぞ。これで普段から私がこの娘を可愛がることに対して、皆不思議がることもあるまい。」

ところが、世間の人々はいろいろ噂をするもので、殿様が娘に色を覚えたというものもいれば、娘の孝行ぶりに胸を打たれたからだの、なかなか白黒と噂の局面が拮抗しているようです。

一方、良秀のほうはというと、

娘が小女房に上がったとき、「老爺(良秀)の方は大不服で、当座の間は御前へ出ても、苦り切ってばかり居りました。」

殿様の本性を見抜いている良秀は、娘を何とか宮中からだし、殿様の手から娘を守ろうとします。

或時大殿様のおいいつけで、稚児文殊を描きました時、ご寵愛の童の顔を写しまして、見事な出来でございましたから、大殿様も至極ご満足で、
「褒美には望みの物を取らせるぞ。遠慮なく望め。」
と云う有難い御言が下りました。

褒美をくれると言う殿様の発言に対して、

「何卒私の娘をばお下げ下さいまするやうに。」

娘を宮中から出すようにとお願いします。

「それはならぬ。」と大殿様は拒絶します。殿様はその時、このように察知します。

「こいつ・・・。私の魂胆を見破っておるな・・・。」

今になって考へて見ますと、大殿様の良秀をご覧になる眼は、その都度だんだんと冷やかになっていらしつたやうでございます。

地獄変を描くことを命じる時

こうして、大殿様は良秀に地獄変の屏風を書くように命ずるのでした。それを命じた背景には、このような計算がありました。

「良秀は絵のこととなると心を鬼のようにする。地獄変の絵を描かせてやろう。地獄変の絵には、車に乗せられ、火をかけられた女の絵がある。良秀は自分が目にしたもの以外は描くことができぬ。きっとあいつは私に絵の描けぬことを申し出てくるだろう。その時だ。あいつが頼んだことで、あいつのためだと言って、あいつの娘をその場所で燃やしてやろう。そうすれば、私とあの娘の関係を疑うものはなくなるであろう・・・。色を覚えた娘を自分から葬るということは、周りの人間も考えないであろうからな。そしてあの周りの評判が全くよくない良秀のこと。世間が最初からあいつのことを悪く言うのは目に見えておる。世間の噂などいかようにでもなる。こういう時、評判の悪いやつがいてくれると助かるわい。」

そして、いつものように良秀は地獄変の絵に夢中で取り掛かります。自分の弟子を使い、彼らが泣き叫び、死にそうになるとしても全く気にしません。地獄のありさまをただ絵に表現する目的のため、手段を択ばないためです。

殿様の計算通り、良秀は最後の最後で筆を止めてしまいました。車に乗った女が地獄の業火に焼かれている絵を描くことがどうしてもできないのです。

一方で、良秀はこの時すでに殿様の魂胆を見抜いていました。そして、自分の絵に対して抱く情熱と、娘を天秤にかけなければならない自分の精神の檻の中で苦しんでいたのでした。

良秀が地獄変の作成に取り掛かった後、ある時弟子をよんで、傍についていてくれといいます。

「己は少し午睡(ひるね)をしようと思ふ。がどうもこの頃は夢見が悪い。」
・・・
「就いては、己が午睡をしてゐる間中、枕もとに座ってゐて貰ひたいのだが。」
・・・

こうして、弟子を呼び、自分が寝ている間、傍につかせておきます。そして、寝言が始まります。

「なに、己に来いと云ふのだな。ーーどこへーーどこへ来いと?奈落へ来い。炎熱地獄へ来い。ーー誰だ。さう云う貴様は。ーー貴様は誰だーー誰だと思ったら」
・・・
「誰だと思ったらーーうん、貴様だな。己も貴様だらうと思ってゐた。なに、迎へに来たと?だから来い。奈落へ来い。奈落にはーー奈落には己の娘が待ってゐる。」

私の推測ですが、良秀は、寝る振りをしていたのではないかと考えています。大殿様は大変自分の評判を気にするため、娘に色を覚えていることへの証拠を、何としてでも消す気でいるのだ。良秀はこの時、寝ている風を装いながら、大殿様の魂胆を暗に外部へ伝えようとしていたのではないか・・・と私には考えられました。
 そして、「己も貴様だらうと思ってゐた。」の貴様は、多分大殿様です。

殊に或日、何かの用で弟子の一人が、庭先へ参りました時なぞは廊下に立ってぼんやり春の近い空を眺めてゐる師匠の眼が、涙で一ぱいになってゐたさうでございます。

皆、絵をうまく書けないから泣いているんだ、と思っているようですが、娘が殺されるということ、今、娘が殿様の手籠めにされているということを考え、泣いているのです。

所が一方良秀がこのやうに、まるで正気の人間とは思はれない程夢中になって、屏風の絵を描いて居ります中に、又一方ではあの娘が、何故かだんだん気鬱になって、私どもにさへ涙を堪えてゐる容子が、眼に立って参りました。

娘は、殿様が夜這いに来ることにより、精神的に追い詰められています。それを誰にも打ち明けることができません。

語り手の人がある夜、廊下を歩いていると、猿が必死に自分にまとわりついてくる。その猿についていくと、

どこか近くの部屋の中で人の争ってゐるらしいけはひが、慌しく、又妙にひっそりと私の耳を脅しました。

そこで、恐る恐るその場所へ近づいていくと、娘がなかから飛び出てきたのです。

この月明かりの中にゐる美しい娘の姿を眺めながら、慌しく遠のいて行くもう一人の足音を、指させるもののやうに指さして、誰ですと静に眼で尋ねました。
・・・
そこで私は身をかがめるながら、娘の耳へ口をつけるやうにして、今度は「誰です」と小声で尋ねました。が、娘はやはり首を振ったばかりで、何とも返事を致しません。

娘のほかに誰かがいて、その場所から離れていく足音が聞こえました。娘に誰かと聞いても、それを答えることはできない。ただ娘は耐えていたのでした。殿様だと言えば、自分も良秀も殺されてしまうだろうから。

殿様はこのように考えます。

「まずいことになった。もしかしたらあの娘は私のことを口外するかもしれぬ。何とかしなくては・・・。私の姿も見られてしまったかもしれない・・・。」

良秀も、また、娘も共にこの殿様の夜這いを憂い、そして、良秀は殿様の魂胆を頭の中に浮かべ、また苦しむのでした。

(地獄変は時系列がはっきりしないところがあります。それは、本文の中に書いてあります。語り手の人がそう言っています。)

ここから、殿様の計算通りにことが運んでいきます。

良秀が地獄変の大体のあらましが出来上がったことを殿様に報告します。

「兼ねがねお云いつけになりました地獄変の屏風でございますが、私も日夜に丹誠を抽んでて、筆を執りました甲斐が見えまして、もはやあらましは出来上がったのも同前でございまする。」

殿様はうわべではそれを喜びます。

「それは目出度い。予も満足ぢゃ。」

しかしかう仰有る大殿様の御声には、何故か妙に力の無い、張合のぬけた所がございました。

この時、大殿様は大体このように考えたのだと思います。

「ちっ・・・。当てが外れたか・・・。最後の車の中で焼かれる娘を描くことができないと言ってくるのを期待しておったのに・・・。」

しかし、結局良秀は大殿様の期待通りのことを伝えます。

これを御聞きになると、大殿様の御顔には、嘲るような御微笑が浮かびました。

大殿様は、罪人を火にかけるということで、娘を罪人に仕立て上げ、焼き殺すための大義名分を得ます。

・・・(省略)それが、その牛車の中の上臈が、どうしても私には描けませぬ。」

「さうしてーーどうぢや。」
大殿様はどう云う訳か妙に悦ばしさうな御気色で、かう良秀を御促しになりました。

「どうか檳榔毛の車を一輌、私の見てゐる前で、火をかけて頂きたうございまする。さうしてもし出来まするならばーー」

大殿様は御顔を暗くなすったと思ふと、突然けたたましくお笑ひになりました。さうしてその御笑ひ声に息をつまらせながら、仰有ますには、
「おお、万事その方が申す通りに致して遣はさう。出来る出来ぬの詮議は無益の沙汰ぢゃ。」

「しめしめ。うまくいったぞ。さすがは絵にかけては妥協を許さぬ良秀ぢゃ。自分から車の中に女を入れて火をかけてほしいとまで頼んできおった。
わしに歯向かったやつの娘を罪人として、火にかけ、口を封じておこう。これで娘が私のことを他言する機会は一切なくなるであろう・・・。仮に良秀が何を言おうと、嫌われ者のこいつの言うことなぞ、誰も信じることはあるまい。」

一方、良秀は・・・ああ・・・娘が殺される・・・。と感じていたのでした。良秀の動作から、絵に対する情熱と、愛する娘を守りたいと思う気持ちの葛藤に苦しんでいる姿がよくわかります。ですが、だからといって、それを決めつけたかのように言葉にすることはできない。それを言ったら、無礼者!ということで、親子ともども殺されてしまうのです。

まさに地獄でした。地獄は人の頭の中や、死後の世界にあるのではありません。この世にこそ、地獄というものがあり、地獄を創り出すのは、天国にいる人間なのです。考えてください。天国があるから、地獄があるのです。

このどうあがいても抜け出すことの出来ない精神の牢獄が、地獄というものの正体なのでした。

後は殿様の思惑通りにことが運びました。

ですが、どれだけ大義名分が立ったとしても、良秀の娘を目の前で焼き殺すというのは、さすがに世間の評判が落ちるわけですが、大殿様はこの点も抜かりはありませんでした。

「さすがに良秀の前で娘を燃やすという所業は、どれだけ頑張っても世の評判を落としてしまうかもしれない。だが大丈夫だ。それをお願いしたのは良秀のほうだ。あいつは日頃から絵のためであれば、自分の弟子たちが泣き叫び、死にそうになることにさえ胸を痛めぬ男だ。その評判をみんなが知っておる。だから、皆こう考えるであろう。良秀は自分の絵のために、娘すら犠牲にしたのだと。」

その時、良秀の娘を思う気持ちの権化である猿が、共に娘と焼かれて死ぬことになります。これは、良秀の、娘を思う気持ちの部分だけは、娘と共に死んだことを表す文学上の暗喩だと考えられます。

その証拠に、その出来事が終わった後の良秀の表情は、悲しみに暮れるばかりか、このようでありました。

「何と云う不思議なことでございませう。あのさつきまで地獄の責苦に悩んでゐたやうな良秀は、今は云うやうのない輝きを、さながら恍惚とした法
悦の輝きを、皺だらけな満面に浮かべながら、大殿様の御前も忘れたのか、両腕をしっかり胸に組んで、佇んでいるではございませんか。それがどうもあの男の眼の中には、娘の悶え死ぬ有様が映っていないやうなのでございます。唯美しい火焔の色と、その中に苦しむ女人の姿とが、限りなく心を悦ばせるーーさう云う景色に見えました。

猿の死は、娘思いの良秀の死を表していたから、残るは絵に対して妥協を許さない良秀の部分だけが残っていたと考えられます。だから、娘を焼かれたにもかかわらず、地獄変の絵を完成できるという心だけが、今の良秀を支えていたのでした。

そして、地獄変の絵は完成しました。地獄変の絵を完成させるという気持ちだけを抱いていた良秀は、空っぽの精神になり、死を選びました。

大殿様の腹を見抜けるかどうかで、地獄変の解釈は一変すると思いますので、皆さんぜひ「地獄変」を読んで、嫌な気持ちになりましょう。

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