今日一日を新たに生きていく 1
長雨の続く日々。終わりは見えることなく、被災地での状況も一進一退。いや一退がさざ波の様に続いているのか。
安全な場所に居ながら誰かの無事を祈るのは、いつもの事だが胸にしこりを残すのみ。せめて早く晴れ間が広がればと思う。
今回は、自身の依存症の部分にフォーカスを当てて話をしてみたい。
初回なので、簡単に、手短に、そうなるように書いてみる。
(とは言っても、連載、シリーズ物にする気満々なのだがw)
いつの間にか不可欠なものに。
きっかけは覚えていない。
仲間の話を聞いていると、自身の『初めて依存物質に手を染めたきっかけ』を事細かに覚えている事が割に多い。それだけその事実が衝撃的なものだったのだろうし、【常識】という枠から言うまでもなく、逸脱を通り越していたからだろう。
しかし俺の場合、覚えていないのだ。
初めて使った薬が当時合法のモノだったことは覚えているが、それを何時、何処で、誰と、何故使ったのかを全く覚えていないのだ。
その体験が決して【衝撃的な事ではなかった】とか【常識の範囲内だった】という事ではないと思う。そうだったとしたら、結果的に違法薬物に手を出してまで俺は薬に依存していなかっただろうから。
初めての経験こそ覚えていないが、いつの間にか自分の近くに薬物が存在していた事は間違いなかった。自分から平気で薬物の周辺をうろついていたのだから。
そして、とあることがきっかけで違法薬物に手を出す頃には、無自覚に薬物依存症となっていたのだと、今になって確信する。
『流石にこれには手を出してはいけない』そんな世間様の常識や自己防衛的な倫理観や抵抗力など無くなっていた。
初めて違法薬物を買う時の自分の感情は、
『ま、いっか』
投げた空き缶がごみ箱に入らなかった時の軽い残念感……
それに非常によく似ていた。
怠惰で居たい自分を押し隠した真面目な人間
小さい頃や中学生の頃の自分はどんな人間だったのか?
こう問われると、まず一番に『真面目の類だった』と答える。
しかし、正確には『周囲に怒られるのが嫌だから、とりあえず真面目で、良い子を演じていた』といった所だろうか。
勤勉でもスポーツが万能でも、何か特技がある訳でもない。
ただただ、先生から特段注意を受ける必要のない子。だったのではないだろうか?特に褒められる事もないが、怒られることも殆どなかった様に思う。
普通と言ってしまえばそれまでなのだが、母親が厳しい人で、家事やお使い等をやるように躾けられていたので、その姿を見た周囲の親からは『お手伝いをよくする良い子』とよく言われていた。
『いい子』と言われても、実の所、彼女の言いつけを守らなければ罵詈雑言が待っているので、致し方がなくやっているだけだった。『いい子』と言われる度に『いい事をしているつもりは微塵もない』なんて思っていた。要するに嬉しくもなかったし、嘘をつかされている気分にさえなっていた。
本当は周りの子たちの様に、自由奔放に遊びまわって散らかし放題。お小言程度の母のお叱りの後に、当たり前の様に晩飯が出てきてそれを平らげ、片付けもせずに早々に寝る。幼心にそんな生活がしたいと思ったものだ。
これは、今の生活が初めて実感したことなのだが、俺自身本当は物凄く怠け者で、やらなくていいのなら自身の身の回りのことでさえほったらかしにしてしまう【怠惰】な人間だったのだ。
今までの人生、怠けて生きたいのに(それはそれで問題だが)、ずっと母親からの言いつけと罵詈雑言と情緒不安定に振り回され、いつそれを喰らう分からない緊張状態の中で生きていたのだった。
使うために生き、生きるために使う事の最高の良い訳
そんな緊張状態の生活を続けるためには、いつの間にか薬物が必要になっていた。
『普段あれだけ我慢してやっているのだ、たまに羽目外して遊ぶのに薬を用いて何が悪いのか?』
何時の間にか本気でこう思うようになっていた。
当時【正当化】なんていう言葉も知らず意識をしたこともなかったのだが、本気で自分の薬物使用が間違っていないものだと思っていた。
言い方を変えれば『たまに薬物を使って羽目外さないと、精神的に生きていくことが出来なかった』ともいえる。
自分の人生を振り返る時によく、
『もし薬物に手を出していなかったら、その場合別の精神疾患により自分が親を殺すか、親が俺を殺しだだろう』と言っている。
とある文献の一説に【使うために生き、生きるために使うことの繰り返しだったのだ】とあるのだが、俺の場合がまさにこれだったのだ。
薬を使う為に、日ごろの生活を間違った忍耐力でやり過ごし、
そのフルにため込んだストレスをが爆発する前に、
それを発散させる為薬を使った。
歯車が合わない言い訳人生
『生き続けるために必要だから使った』
と言ってしまうと色んな人から猛反発を受けるだろう。
そして、その反発の殆どは【正解】なのであり、俺のふざけた理由なんてものは、決して使って良い【理由】にはならない。
だがしかし、薬を使うずっと以前から、生き続ける為に必要となる物を見失っていたのだと思う。
勉強やスポーツや何かしらの才能を開花させるだけの努力をする能力が根本的に欠けていた様に思うし、友達同士の輪の中で安息を得ることもできなかった。家族との関係はこちらが一方的に悪く感じてしまう始末。
何度か逃げる事をやってはみたが、そもそも逃げ方の知らない餓鬼が逃げ切れる訳もなく。えらく下手くそだったと回想する。
中学では友人ができるも環境の変化で離れることになり、高校生になって友人の中に安息を得られる様になった頃にはもう薬を覚えていた。
大学生の頃には、沢山の友人に囲まれる日々を得られたにも関わらず、その裏では薬との二面生活。
こう言葉を並べると、言い訳にならない言い訳ばかりで自分でも笑ってしまう。と同時に、今こうやって振り返ると、良い意味で【運が悪かった】のだな、と思う。
今の俺の生活や状況・状態を思うと、こうやって生活できる場所と想いを綴る場所があるのは、この程度の人生で済んでいたからなのだと思う。
自分に才能を開花させる努力がなかったり、
家族との関係が悪い中、逃げる事に失敗したり、
既に薬を覚えてもなお、それとは関係なく友人がいたり、
薬を使ってでも、生き続けていた結果……
今こうして、自分の人生をやり直そうと、生き方を変えて生きていこうと思えたのは、自分の過去がこうして存在するからなのだと、思えるようになったからではないだろうか。
続く……
残念な事に既に収集が付かなくなっているため、今回はこの辺りでお開き。
(どこが、手短で、簡単に、なのだろうか・・・)
写真はある晴天の一日(早くこんな日常に戻って欲しい…)
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