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【小説】ダーツとフリースロー

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#小説

【小説】写真

 昔から写真を撮るのが好きだった。

 きっかけが何だったのかは覚えていない。記憶がないほどの幼少期にオモチャとして与えられたカメラのようなものを気に入ったのかもしれないし、父親や友達なんかが持っていたカメラに興味をもったのかもしれない。

 とにかく私は写真を撮るのが好きなのだ。誰に見せるわけでも、SNS上でバエを競い合っているわけでもなく、勝手にひとりで撮りたい写真を撮っている。

 たまに見

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【小説】ダーツとフリースロー 1.『8月31日』

 
 20グラムのタングステンの塊がプラスチックのボードに突き刺さっていた。

 セグメントと呼ばれる、細かくカットされたピザのような領域のひとつに2本の矢が刺さっている。いずれも同じ形で同じ重さをした、20グラムのタングステンの塊だ。尻尾のような羽をお尻に揺らし、彼らは最後の1本が突き刺さるのを待っている。

 ダーツだ。突き刺さっているのは壁に備えられたダーツボード、2本のダーツが寄り添うよう

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【小説】ダーツとフリースロー 2.『憤懣やるかたない』

 三浦大地が父である三浦和也から引っ越しの必要性を告げられたのは7月半ばのことだった。

「――決まったよ。ようやく教授になれそうだ」

 母真理恵と並んだ夕飯の食卓で大地は父からそう聞いた。

「あら~やったわね。おめでとう和也さん」
「おめでとう父さん」
「うんうん、皆、ありがとう」

 妻のお酌したビールをぐびりと飲み、和也は大きくひとつ息を吐いた。「しかし、真由には怒られるかもしれないな」

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【小説】ダーツとフリースロー 3.『へえ、あんたも大地っていうんだ』

 転校するのは三浦大地にとってはじめてではなかったが、久しぶりのことだった。

 人生で2度目の経験である。前回の転校は小学5年生に上がったタイミングでのことで、当時は世界のすべてが根本から変わるような、きわめて重要なことであるように思われた。

 それまでに培ってきた友人関係がすべてリセットされたのだ。幼馴染は駆逐され、やがてそれでもできた小学校の友達も、じきに中学受験などでほとんどが散り散りに

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【小説】ダーツとフリースロー 4.『ヨルとオル』

 
 それは長い男であった。

 頭のてっぺんから足の先までのすべてが長い。

 やはり長く、癖の強い黒髪を、乱暴にヘアバンドでまとめている。にじんだ汗が面長の顎や段のついた長い鷲鼻の先から粒となって落ちている。

 手足が長い。

 だぼつくサイズのノースリーブから伸びる腕には強靭な筋肉が伴われているのだが、その長さによって引き延ばされるため、遠くから見ると一見細い腕をしているようにさえ見えるか

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【小説】ダーツとフリースロー 5.『よくもそんなことを』

 
「どうした少年」

 スマホがそのように訊いていた。

 ずいぶんと長い間覗き見をしていたものだ。家を出てから不審に思われるほどの時間が経っていたらしい。三浦大地は大きくひとつ息を吐き、「お散歩がてらにちょっと遠くのコンビニまで行こうとしたら迷っちゃった。ご心配なく」と返信の文面を作る。

 姉の友人から送られてきた迷子の間抜けさを煽るようなスタンプを無視すると、三浦大地は急いでコンビニへと足

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