見出し画像

【最終話】極光を求めて(カナダ・イエローナイフ)

「これがオーロラ?」

空に浮かぶ、グレーの靄のようなものがオーロラということに気がついたときは、なんとも言えない気持ちになった。ずっと憧れていた人が、実は自分の思ったような人ではなくて、みたいな。

けれど、太陽活動が活発な時に起こる『オーロラ爆発』であれば、期待しているようなモノが見られると知り、そのチャンスを窺っていたが、ついにその日が来た。

個人ツアーに申し込み、やり取りをする。夜の天気は晴れ予報。マイナス20度。太陽活動も最大レベルのLv10。こんなにオーロラ観測に適した日はない!そんな日だった。

夜になり、泊まっている宿の前に、ツアーに連れて行ってくれるオオツカさんのバンが到着した。中には、他のお客さんも乗っていて、「こんばんは〜」と声を交わす。

車を走らせること30分。

社内では、オオツカさんがオーロラに関する知識を色々と教えてくれた。

観測場所によっても見え方が違うこと、ピークの時間は数分しかないこと。カメラの設定はオーロラの強さによって変えた方がいいこと。

晴れ予報だったものの、少し雲が出てきていて、雲間を探して車を走らせていること。

僕は「頼むから、オーロラを見せてくれ」とずっと心の中で祈っていた。

「そろそろ、一回外に出てみましょうか」オオツカさんはそう言って、路肩に車を止めた。

外に出ると、北極圏の冷え切った空気が体に突き刺さった。「さむっ」というよりも、「痛っ」という感覚に近いかもしれない。

鼻から息を吸うと、ピキピキっと音を立てて鼻の中の水分が凍るのがわかる。そしてフーっと息を出すと凍っていた水分が溶けるのだ。初めての経験に、こんな些細なことでも嬉しかった。

車を降りて空を見上げて、僕は言葉を失った。

空いっぱいに広がる、眩いばかりの星空。周りに明かりがないので、普段は人の作った光にかき消されてしまう控えめな光が、そこにはちゃんと存在していた。

地平線の向こうまで、全てが星で埋め尽くされていた。登ったばかりのオリオン座は、手を伸ばせば届きそうなくらい大きくて、日本で観る星空とはまったく違う景色が出迎えてくれた。

「あ、出てきましたよ」オオツカさんが呟く。遠くの空に、なんだかゆらゆらと揺れる何かがあった。

「オーロラです。きっと、もっと近づいてきますよ」

オオツカさんの言う通り、揺らめきながら近づいてくる光。

最初は1本だった帯が、だんだんと形を変えながら、数を増やしながら、自分の頭上に近づいてくる。

先日見た、うっすらとしたモヤとは違う、「光のカーテン」が眼前に広がった。

その動きは予想ができなくて、上下左右、全天を揺れる。その様子は、まるで光が踊っているみたいだった。

画像1

画像2

満点の星空に踊り狂う光。色はここまでカラフルではないものの今度は肉眼でもわかる、白に近い、うっすらとしたパステルカラーだった。

「すごい…」

本当に、その一言しか出てこなかった。

”言葉が出てこない”、その表現通り、本当に感動する景色を目の当たりにした時って、きっと、みんなこんな感じなんだと思った。

光のカーテンの先端は、少し尖っていて、長さを変えながら、揺れ続けている。先端の色は、赤や紫だった。

ゆらゆらと揺れながら、1秒ごとに形を変えながら、光の帯は踊り続ける。

間も無くすると、オーロラが全天を覆うほどの大きさになった。空のどこを見ても、オーロラ。最高の没入感。

それと同時に、少し不思議な体験をした。

パキパキ…と、どこからか小さな音が聴こえてくるのだ。耳をすまさないと聴こえないくらいの、小さな、小さな音。オーロラの音。

その音と同時に、”オーロラ爆発”はピークを迎えた。

画像3


絶え間なく降り注ぐ光に、目も心も奪われた。寒さなんて関係なかった。目の前に広がる、嘘のようで本当の景色に、ただただ呆然と立ち尽くした。

その景色は、間違いなく、自分の見てきたどの景色よりも、壮大で、豪快で、何よりも美しかった。

何度でも言わせていただくが、肉眼ではこんなにカラフルには見えない。だが、これは自信を持って言える。

オーロラは、肉眼で見た方が、絶対に、美しい。



写真に残したい気持ちと、この景色を自分の瞳に焼き付けておきたい気持ちがずっと喧嘩していた。気がつくと、指先だけカメラに添えて、ずっと空を見上げていた。カメラ初心者?ってくらいぐちゃぐちゃな写真も多かった。

こうして文章を書いているのは2021年。この景色に出逢えたのは4年前のこと。しかし、今でも昨日のことのように、はっきりとあの光景を思い出すことができる。

それだけ、オーロラは僕の心を掴んで離さなかった。

同じものは2度と見られない、地球を舞台にした、壮大なダンス。

「地球が生きている」ことを実感した瞬間。

この数分間のオーロラ爆発のあと、スーッと跡形もないように、光は空から姿を消していった。

「すごかった…」帰りの車でも、それしか出てこない。本当に自分なのか?と疑うくらい、感情をごっそりと持っていかれてしまったのだ。

こうして、僕のオーロラハントは最高の形で幕を閉じた。いつか、いつかもう一度この景色を見たい、そう思いながらこの文章を書いている。


「思い出は写真に残す」「写真を見て思い出す」


だいたいの想い出は、写真を見て思い出すことが多い。

ただ、このオーロラに関しては、違う。

あの景色を鮮明に思い出したい時は、いつも決まって、ゆっくりと目を瞑ってしまうのだ。


【極光を求めて(カナダ・イエローナイフ編) 終わり】


旅行期間:2017.02.16~2017.02.24

旅行場所:カナダ ノースウエスト準州 イエローナイフ

画像4


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?