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本の街、神保町のこと

 昔から、書店めぐりが好きである。Amazonで本を購入するということが当たり前になってしまった今でも、月に何度かは街の書店に行くことを習慣としている。ネットでの購入は、あらかじめ、自分の中で既に買うと決めているものを買うことが多いが、書店においては偶発的な出会いが多い。

 こんな本があるのかという出会いから、何気なく手にとった本をめくってみて、こんなことが書かれていたのか、という発見まで、書店には、ネットではたどり着くことができない情報、というよりは「体験」がある。

 書棚に並べられた夥しい本の数々。まずその量的なものに圧倒されるという視覚的体験。その本が放つ独特な紙の匂い(私はこの紙の匂いがたまらなく好きだ)。一冊を手に取ってみた時の感触、指で紙をめくるという行為、文字が飛び込んできて、その文字はたんに「見る」から「読む」へと頭の中で変換されていく。

 そこから染み出してくる知的興奮、快楽。われわれの没入を邪魔しない心地よいBGM。他の客が歩く足音。これら身体的な皮膚感覚は、やはりネットでは味わうことができないのだ。

 本と私の身体、という関係性。この書店と、この本と、この私。その体験は、その時間その場限りの唯一のものである。そんな「体験」が忘れられないので、私は、書店に足を運ぶことを厭わない。

 学生の頃から新宿の紀伊国屋書店、池袋のジュンク堂書店、青山ブックセンター(ABC)、日本橋の丸善がお気に入りの場所であった。好きな大型書店には、何時間でもいることができる。

 今の私のお気に入りの場所は、神保町の東京堂書店だ。

 神保町はいわずと知れた本の街。世界に類を見ない本屋街として名を馳せ、大型書店というよりは古書店が多く建ち並んでいるというイメージが強い。さくらみちフェスティバル「古本まつり」は、例年、本好きの客で大賑わいだ。

 もちろん私は古書店も好きだし、それこそ古書店こそ、皮膚感覚に加えて「時間」「時代」というものを感じさせてくれて、大型書店や通常の書店にはない味わい深さがあるのは確かだ。

 それでも私が、まず真っ先に向かうのは、東京堂書店である。この東京堂書店がお気に入りなのには理由がある。この書店の、哲学書の取り扱いは、私の知る範囲において、圧倒的である。それも私が、とりわけ贔屓にしているスピノザ関連の書籍の充実っぷりが半端ない、という点が挙げられる。

 紀伊国屋、ジュンク堂、丸善でさえ、こんなにスピノザ関連の書を置いているということはないのだ。

 かつ、この東京堂書店では、定期的に「スピノザコーナー」を組むというスピノザ好きにはたまらない企画をたててくれるので、目が離せないのである。もう、4回くらいこの企画が行われていて、4回目の特集はなんと、「スピノザと文学」ということで、スピノザも文学も両方好きな私には、それだけでアドレナリンの渋滞が起きてしまうという感じだ(笑)。

 この東京堂書店は、公式のXでたびたびスピノザに関する、かなりマニアック、専門的な情報の発信をしており、どうやらこの東京堂書店には、スピノザ界隈でも有名な方がいるらしく、もしかしたらスピノザ協会の会員の方かもしれない・・・と私は勝手に妄想を膨らませている(笑)。

 そんなこともあり、私は現在、定期刊行で順次発売されていく『スピノザ全集(岩波書店)』は、この東京堂書店で取り置きしてもらっている。ネットでも買えるのだが、発売のたびに東京堂書店から電話があり、それをわざわざ取りに行く、買いに行く、ということをしている。

『スピノザ全集』の新刊は、私にとっては、それこそ少年時代、月曜日の発売日を待ちわびていた『週刊少年ジャンプ』の体験を思い出させてくれる特別なものであり、そんな興奮と喜びに包まれた体験は、このスピノザ愛ある書店でこそ、味わいたいのだ。

 ちろん、神保町は本だけではない。最近は「カレーの街」としても有名で、優良な飲食店、飲み屋が多い。ランチであれば、中華の名店「三幸園」がおすすめである。 

 神保町にいった時は、書店をめぐったあと「大金星」でいっぱいひっかけてから帰るというのが最近のルーティンだ。
 
 私は本に劣らず、お酒も好きなので、いつかお酒に関しても書きたいと思うのだが、お酒を飲みながら、ひとり本を読むという時間をたまらなく愛好している。お酒なんか飲みながら、よく本が読めるね、とよく言われるが、ほろ酔い気分での読書というのは、通常とは違ったテンション、違う速度での読書体験ができるので、ぜひ試してほしい(笑)。

 本もあり、食もあり、酒もあるということで、大人になってからの私にとって、神保町という街ほど魅力的な街はない。私の駅から電車一本で気軽に繰り出せるということもあり、子供も成長し、家族で遊びに行くという機会が減ってしまった今、この街へふらっと遊びに行くことが、私の新たな週末の過ごし方になっている。


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